ヨハネによる福音書一覧

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「復活への希望」ヨハネ20:1−9 中村吉基

イエスがイスラエルの王となったら平和な生活ができると信じ、全てをなげうって従って来た弟子たちは、十字架刑で自分たちの救い主が殺されてしまったことを到底受け入れられなかった。しかし自分達だけが救われて平穏な生活を手に入れるというのは都合のいい自己中心的な考えではないだろうか?最後の晩餐の席で主イエスは「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と言われた。自分の都合の良いようにでなく、イエスがなさったように誰も目を向けようとしないところで生きる人びとを愛する、それを一番大切にして弟子たちが新しい歩みを始めたのが復活の出来事である。マグダラのマリアが安息日を前に夜明けに墓へ行ったが中には何もなかった。マリア達は「遺体が持ちされた」と驚き、急いでペトロ達に知らせた。見に来た彼らも空の墓をみて「持ち去られた」と驚いたが、生前のイエスの「3日後によみがえる」という言葉を思い出し、最後にはこの出来事を神のみわざとして信じた。しかし理解はできていなかった。ヨハネ福音書ではこの「空の墓」を「希望」としている。イエスは「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」と語っている。このように私たちに語りかけ復活の約束をしてくださる。イースターの朝、空の墓から希望がもたらされたこと、死がすべての終わりではなくその先には復活への希望があることが明らかになったのである。

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「熱心と熱狂の違い」ヨハネ12:12-19 中村吉基

二千年前の誕生した教会はイエスの「死と復活」を伝えた。聖書は主イエスの「死」を私たち人間の罪のために死なれたと記しているし、パウロは「キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」と書いている。今日から受難週である。ろばに乗ってエルサレムに入ったイエスを、枝を持った人々は「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」と叫び迎えた。ラザロが生き返った奇跡を目撃した人達がイエスこそ勝利の王であると熱狂的に迎えたのである。しかしファリサイ派の人々もそれを見ていた。ヨハネは人間の「罪深さ」「愚かさ」「軽さ」を知って悲しくなるような思いでここを記したのではないかと思う。私たちは自分たちの事も自戒しなければならない。他の誰かを思う「熱心」はとても良いことだが、自分だけの思いや利益を追求したり、人から報われることばかりを考える時、その熱心は「熱狂」に変わることがある。自分ではなかなか気がつかないので、自分の闇の部分を神の光で照らしていただく必要がある。熱狂的に主イエスを迎えた群衆は、イエスを十字架で死刑に処することに賛成する。この人間の変わり身の早さ、罪深さを思いながら、今日から始まる受難週を過ごし来週は喜びのイースターを共に迎えよう。

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「永遠の命の言葉」ヨハネ6:60-71 中村吉基

ヨハネによる福音書6章は5つのパンと2匹の魚からはじまっている。この時男性だけで五千人いた群衆は、イエスが「天からのパン」であり「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得る」と言われ共感できず去っていき、今日の箇所6章60節以下では弟子たち12人だけになっていた。信仰では理解を超えたところにある壁にぶつかることがある。イエスの弟子たちもあり私たちにも同じ可能性がある。イエスは残った弟子たちに「あなたがたも離れて行きたいか」と問うと、シモン・ペトロは「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」と答える。天からのパンであると信じられるということではなく一切を「主に委ねます」という信仰告白である。この言葉にアーメンと言えるものは幸いである。

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「人生は困難ではない」ヨハネ9:1-12 中村吉基

道端にいた生まれつき目の見えない人を見てイエスの弟子たちが「いったい誰のせいで彼は目が見えなくなったのか」ときくのが今日の箇所である。日本も昔はそうであったし、本来なら人を救う宗教が「因果応報」という仏教の言葉を使って人の弱さにつけこむ人が今日でもいる。旧約聖書でもヨブ記他このような考え方があり、弟子たちからこのような質問となったのである。この質問は当の本人にも聞こえていただろう。目が見えないだけで罪人扱いされてきたのである。イエスは質問に答えた「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。そして唾で土をこねその人の目にあててシロアムの池に行って洗うように言う。なぜこんな手間をかけるのであろうか?それはイエスを「信じる」という目を開ける必要があったのかもしれない。見えるようになった後「あれは座って物乞いをしていた人ではないか」と言う人々に対し、本人は「わたしがそうなのです」と堂々と言う。神の業がこの人に現れたのである。続いて「その人はどこにいるのか」と問われると「知らない」と答える。この話はまだ続いていくが、私たちも神を「知らない」と言ってしまうかもしれない。しかし神は私たちを見つけて下さる。それほどまでに慈しみ、祝福されている。

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「良くなりたいか」ヨハネ5:1−18 中村吉基

今日の箇所にでてくるのは、病が癒えると言われている池のそばで、その機会なく38年間病に苦しんでいる病人である。イエスがその人に「良くなりたいか」と質問すると、池に入れない悔しさ、嘆きを訴える。次にイエスは「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」と仰る。この病人が正直に言われたとおりにすると、すぐに良くなって床を担いで歩き出した。この日が安息日であったことで後々問題になるのだが、安息日だろうが、平日だろうが、「すぐに」起き上がって行きなさいと主イエスが言われたのであろう。この2千年前の物語を今の我々あてはめてみよう。重大な病気でなくとも、精神的に何かに縛られ囚われ、本来もっている良さが隠れてしまっていないだろうか。つらい目にあっていても、それだけが人生ではない。池のほとりで38年横たわっているのか、起ち上がって前へ進むのか、私たちは今選択を迫られている。私たちの人生に必要なのは主イエスと共に生きることである。38年も池の片隅に横たわっていた人がイエスの「良くなりたいか」をきっかけに新しい人生がはじまったように、私たちも主イエスのみ言葉を心に刻んで歩みだそう。

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「裁きとゆるしと」ヨハネ8:1-11 中村吉基

民衆の前で教えているイエスの前に、姦通で石打ちの刑が決まっている女性が連れてこられる。ファリサイ派と律法学者はイエスに対してモーセを通して神が命じたことに対して主イエスがどのように答えるかと挑発のためである。もし私たちがこの場にいたらどの立場だろうか?イエスはかがみこみ指で地面に何か書き、始め立ち上がって「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と言われる。そしてみな立ち去るのだが女性は残る。イエスはこの女性に対し「罪に定めない」と言われる。これはこの女性がゆるされたこと、神にいつも愛されていることを思い知って、精一杯に神から与えられた「いのち」を存分に生きてほしいと願われた、また過去に起こってしまったことよりも今日からの生き方に値打ちがあるのだということである。神は人間が再出発するチャンスを与えてくださるのである。我々は裁きの言葉ではなくてゆるしの言葉に聴かなければない。私たちも主のゆるしの中で生かされている。

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「ぶどう酒に変わった水」 ヨハネ2:1-11 廣石望

カナの婚礼の奇跡はイエスの最初のしるしとヨハネによる福音書にはあるが、同時にギリシアのぶどう酒の神ディオニュシオスの神話との関係が深いことが知られている。今日はこの物語を通じて異文化との関係を考える。イエスに先立つ時代のユダヤ教ではヘレニズム文化が圧倒的で、都市エルサレムをヘレニズム都市に改革する試みもあった。これに対抗し律法でユダヤの固有性を守ろうとする人々もあった。またキリスト教の伝播には当該文化の中に入りこむ文化的受肉もあった。日本でも和風の教会建築などがある。カナの婚礼の奇跡物語はディオニュシオス伝説をもとに作られたという学説があるが、溢れるぶどう酒のイメージはすでにユダヤ教において用いられている。またディオニュシオス神話と祭儀はイエスの時代にはパレスティナ地域にも広く行き渡っており、さまざまな地元の神々がディオニュシオスと同一視されていた。ディオニュシオスの神話とカナの婚礼の話には相違点もあるが共通点も多い。このような異文化の相互接触をどのように理解するか。現代社会では、宗教の違いと結びついた文化や政治体制の違いを理由に互いを排除したり攻撃したりする事例が多い。イエスは多数派の利益のために排除の論理によって殺された。私たちは自分たちの宗教的・文化的なアイデンティティーの論理を超えて他者の苦しみに寄り添いその尊厳を共に喜ぶ者でありたい。

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「最初の弟子たち」ヨハネ1:35−52 中村吉基

洗礼者ヨハネが「神の子羊」と言うこの方どんな方か、2人の弟子が主イエスを追う。するとイエスが振り返って「何を求めているのか」と尋ねる。そしてそのまま2人は、ほとんど面識のないイエスに従ってきた。次はペトロである。後に弟子たちのリーダー、教会の指導者となるが、彼の兄弟アンデレから「わたしたちはメシアに出会った」ときき、イエスのもとに馳せ参じた。その翌日はフィリポとナタナエルである。まず「わたしに従いなさい」とフィリポが招かれ「モーセが律法に記し、預言者たちも書いてある方に出会った」とナタナエルに伝える。聖書をよく知っているナタナエルは「ナザレか。ら何か良いものが出るだろうか」と答えるが、イエスと会い「あなたは神の子です」と告白する。今日の箇所だけではないが聖書の物語だけでは人々が主イエスにあった時の輝きやその言葉の力強さは伝わりにくい。私たちは「知らないもの」に対して恐怖を覚えるが主との出会うことによってそれはそれぞれの中で平安な出来事に変えられていくのである。

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同行二人(どうぎょうににん)ヨハネ1:29-34 中村吉基

洗礼者ヨハネがイエスを「世の罪を取り除く神の小羊だ」と言った時、イエスはまだ神の子について説かず奇跡も行っていない、ナザレに住む普通の男だった。それどころか家畜小屋に生まれ十字架で殺されている。人は家柄や裕福さや勤務先などが大切だと思いがちだが、神にはかけがえのない存在である。私たちは神がどんな使命を与えているかということに気がつくことである。イエスは当時重い皮膚病で「罪人」とされたような人々、共同体から追放された人々の「友」となられた。人間社会からから抹殺されていた人びとがイエスによって生きる力を回復させていったことを指して「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と表現した。当時は証言するには2人以上の証人が必要だった。イエスのしたことは、ヨハネに強く印象に残った。だからイエスは神の子だと「証しし続けてきた」のである。その主イエスのいのちをいただいている私たちであるが、現代において、この「世」の人びとの希望となり光となっているとはいい難いだろう。本当に主イエスの愛、いのちにつながっていくことによって、ヨハネのように「わたしはそれを見た」と真実の言葉を語ることが出来る。信仰と思いとことばと行いを新たにしたい。

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「先駆者」ヨハネ1:19-28 中村吉基

聖書にはイエスの誕生日は記されていない。古代教会でクリスマスが祝われるようになったのは4世紀からで、当時流行っていたミトラス教で冬至の12月25日を「不滅の太陽の誕生日」としていたが、キリスト教では「キリストこそまことの正義の太陽」としてこの日を主の降誕日とした。「その日」に「義の太陽」がこの地上の全てを癒すという預言者マラキの言葉もある。さて今日の新約の箇所は「ヨハネは一体誰か?」である。ローマ帝国の支配下で重税や差別に苦しんでいたユダヤの民がメシアを待ち望んでいた時に現れたのがヨハネである。荒れ野で神の言葉を受け、神に立ち返るようにヨルダン川で洗礼運動をしていたヨハネに人々は期待をもって質問するが、ヨハネは自分がメシアでもエリヤでもあの預言者(モーセと考えられる)でもなく「私は荒れ野で叫ぶ声」と答える。これはイザヤ書からの引用とされるが、ヨハネは「後から来られる方」「光(イエス)について証するために」神に遣わされた証し人だと名乗る。私たちも現代においてヨハネと同じ使命を神から頂いている。救いを求めている人に「光」であるキリストを伝え、神が主イエスを救い主としてお遣わしになったクリスマスを祝うことで、洗礼者ヨハネのように「光を証し」していこう。