「人生は困難ではない」ヨハネ9:1-12 中村吉基

列王記下6:8-17;ヨハネによる福音書9:1-12

私たちはいつも「言い訳」をすることによって、心をスッと楽にしているところがないでしょうか。「親が悪い」「友達が悪い」「会社が悪い」「パートナーが悪い」「世の中が悪い」と言って、そして最後には、だから「自分は〝悪くない〟」として満足している自分がいるのではないでしょうか。しかしそのようなことで心が晴れるのはたった一瞬のことでしょう。自分がダメだと思っていることを運命のせいにしても、他人のせいにしても私たちの人生はまったく変わらないからです。

例えば、「政治家が悪い」「社会の風潮が悪い」と批判「だけ」していてもこの世の中は全く変わらないのです。本当に社会を変えたいのであれば、自ら政治家になるとか、大きな努力を必要とします。「親のせいでこんな性格になってしまった」とか、「こんな容姿に産んでほしくなかった」と言っても、何一つ変わることはありません。皆さんの周りの誰に責任転嫁したとしても問題は全く解決しないのです。

私は医学の専門家ではありませんが、頭痛薬を鎮痛剤で治そうとしても、ただ一時の痛みを散らすだけで、頭痛の根本から治すものではありません。頭痛の原因を究明して治す必要があります。同じように私たちも問題の根本と向き合わずにして、そこから逃げ出していたのであれば、いつまでもその問題は問題として残り続けるでしょう。皆さんが正面からその問題に向き合わなければならないのです。

昔の日本では、たとえば肺を病んでいた人は「はい、はい」と良い返事をしなかったからだとか、顔にあざのある人は前世で人の顔を踏みつけたからだとか、あるいは何らかの「しょうがい」を前世の罪の報いとか、親の罪とか、いろいろなことに「こじつけ」たのでした。現代ではひじょうに差別的な考えです。また自分自身や家族の病気がきっかけで新宗教とかスピリチュアルというものに駆け込む人が大勢います。「藁にもすがって」救いを、いやしを求めている人々の心に付け込んで、その病気が、あるいは災難が、前世の罪からだとか、霊がとりついているとか、そういうことを、声を大にして言う人々、あるいはそれに伴って多くの金品を要求するような悪い人々がいます。もちろん病気によっては本人の不摂生などが原因でかかる場合もありますが、本人の責任とはかけ離れたところで病や災難に陥ってしまうこともあるのです。ですから病の原因が、すべて同じように自分や家族の罪のせいにされたり、たたりや因縁だと言われるのはおかしなことですし、そんなことを聞かされた本人は救われたり、いやされるどころか、ますます落ち込んでいくことでしょう。けれども今日の箇所に出てくる主イエスの弟子たちは、そのように思っていたのです。そして道端にいた生まれつき目の見えない人に失礼な、心ない思いを抱き、主イエスに尋ねるのです。2節のところです。

ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。

この目の見えない人は、仕事をすることも出来ず、もう長い間、物乞いをしていたのでしょう。ある日、主イエスの一行がこの盲人の居合わせた道を通り過ぎました。そして弟子たちは、ふと思いつきで言ったのかもしれません。「いったい誰のせいでこの人は目が見えなくなったのか」と。主イエスの弟子であってもこんな失礼な言葉を言ったのです。この心ない言葉が目の見えないこの人に聞こえていたのではないでしょうか。私たちも病気の時に、人の言葉が重く感じられることがあります。また言った側の何気ない一言が何重にも、自分の心の中でこだましてくるものです。ですからこの箇所に出てくる目の見えない人も主イエスの弟子たちの質問を聞き逃したとは思えないのです。

「因果応報」という仏教の言葉があります。前世での行いによって現在における幸福・不幸というものが決まり、そして現在の行いが来世での幸福・不幸を左右する、という教えです。仏教を土台とした新宗教の多い日本では、先ほどお話ししたような、人の弱さに付け込んでいろいろなことを言う人々が出てくるのでしょう。しかし宗教は人を救うのがその本義です。

そして、主イエスの弟子たちにも「因果応報」の考えがあったことを今日の箇所は示しています。旧約聖書の「ヨブ記」などにもそのような思想が現われているわけですが、この「因果応報」の考えから主イエスの弟子たちが「この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」と言ったのです。またモーセに与えられた十戒のところで、神はこう言われました。「わたしを否むものには、父祖の罪を三代、四代までも問う」(出20:5)。そのような理解も持ち合わせていたのかもしれません。

主イエスの弟子たちというのは、漁師などをしていた人たちで、いわゆる「庶民」でありました。しかし、このような発言にエリート意識というようなものを感じざるを得ないのです。目が見える弟子たちが、見えない人を指差して、自分たちは罪のないものであり、現在もそのような応報を受けてはないのだという思いにも聞こえます。

主イエスはどうお答えになったのか。3節です。

本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

これを聞いた弟子たちも驚いたでしょうが、この目の見えない人はもっと驚いたことでしょう。そして主イエスの教えの核心に触れた喜びも味わったことでしょう。主イエスはこの世で不幸と思われていること、問題と考えられていることを、根本から覆すような、新しい解釈、今までになかったような光を伝えるためにこの世に来てくださいました。

彼は生まれてからずっと目が見えないという一点だけで、差別され、侮蔑され、「罪人」というレッテルを貼られ続けて来られたのです。この人のその生涯のなかで、どれだけ辛く悲しい思いに打ちひしがれたことでしょうか。この人にとって主イエスの言葉は今まで聞いたほかのどんな言葉よりも力と希望を与えるものでした。

本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。

今まで、目の見えないゆえに罪人よばわりされ、物乞いをし、蔑まれ続けた人生を送ってきたこの人の上に神様の栄光が現われるのです。そして1節に戻りますが、「イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた」とあります。実はこの時、主イエスはご自分を殺そうとするユダヤ人たちから隠れるようにして神殿から出てきたことが、直前の8章を読むと分かります。しかし、この生まれつき目の見えない人を見られると、いてもたってもいられなくなったのでしょう。ここでご自分を顕されるのです。

6節以下を読んでみましょう。

イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。

この人は目が見えるようになりました。しかし、気になることがあります。これまで主イエスはその言葉だけで、病気を癒されたり、数々の奇跡を行って来ましたが、なぜここで、主イエスは泥をこね、シロアムの池に行くように命じたのでしょうか。この人にはまず、肉体の目が開かれる前に、心の目が開かれる必要があったのかもしれません。それは主イエスのことを「信じる」ということです。

これは推測ですが、きっと物乞いをしていた彼は、人々が集まるエルサレムの中心部にいたと思われます。シロアムの池というのは今で言うエルサレム旧市街のはずれにありますから、中心部から1キロ弱くらいでしょうか。シロアムの池などという場所をこの目の見えない彼は知らなかったかもしれません。しかもこの池は人工的に石を切り崩して作られたもので当時でも水面まではたどり着くのに深いところへ降りていかねばならなかったでしょう。もし、主イエスのなさったことを胡散臭く感じていたならばこんなに遠くに行くことはなかったでしょう。少なくとも泥を塗った時点ではまだ彼の目は見えていなかったのです。シロアムの池に行く間に顔を洗って泥を落としてしまったかもしれませんし、途中であきらめてしまったかもしれません。しかし、彼の心の中には主イエスの「神の業がこの人に現れるためである」と言う言葉がずっとこだましていたのでしょう。彼の心は熱くなり、シロアムへと向かわせたのです。このことは主イエス(神)の約束を信じ続けることによって、見えるようになるというメッセージが込められています。

この唾で土をこねるということは、当時の癒しの物語に見られる行為ですが、古代の思想家たちや宗教改革者カルヴァンは、天地創造の際に、神が土のちりで人間を造られた(創2:7)ことになぞらえて理解していました。主イエスが唾で土をこねて、目の見えない人の視力を再び造り上げたこと自体を「神の業」と考えました。神が闇の中でも天地創造のお働きができたのも、神ご自身が光だったからです。5節で「わたしは、世にいる間、世の光である」と主イエスが宣言されましたが、主イエスもまた神の業を行うものとして救いを告げ、癒しを必要とする人に手を差し伸べるのです。ヨハネ8:12には「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」と言われています。しかし主イエスにあまり時間は残されていませんでした。十字架への道行きが迫る中、イエスは世の光として神の業を行わなければなりませんでした。

7節以下のところで、視力を与えられた彼が人々のもとに帰ってきます。

近所の人々や、彼が物乞いをしていたのを前に見ていた人々が、「これは、座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。「その人だ」と言う者もいれば、「いや違う。似ているだけだ」と言う者もいた。本人は、「わたしがそうなのです」と言った。(9:8,9)

人々の記憶は曖昧でした。この人には目もくれていなかった人も多かったのです。しかしこの人は堂々とこう言います。

「わたしがそうなのです」。神はかつてモーセにご自身が何者かと明かされたときに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」(出3:14)と示されましたが、目を癒されたこの人が「わたしがそうなのです」と堂々と言うこと自体が、神の業がこの人に現れたという証言でもあります。

さて、この後の9章13節以下の記事では、主イエスに敵対していたファリサイ派がこの目の見えない人を取り調べるシーンが出てきます。ここで彼は言いました。

あの方(イエスのこと)が罪人かどうか、わたしにはわかりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです(9:25)。

主イエス(神)がこの自分に何をしてくださったのか、「ただ一つ」だけでいい。その私たちもそのことを堂々と証言できることが大切です。その一つのことを知らずして、他の多くのことを知っていたとしても、それは虚しいのです。主イエスが自分にしてくださった「ただ一つ」のことは何だったでしょうか。それは思い巡らして思い出すようなことではないのです。私たちの心に「ただ一つ」深く刻まれていることでなければならないのです。それを「信仰」と呼ぶのです。受難節はこの信仰を省みる時です。

今日の物語の終わりの12節で、「人々が『その人はどこにいるのか』と言うと、彼は『知りません』と言った」とあります。物語の結末としては、あっけないというか、でも今申しましたように、このエピソードはまだ続いていくのですが、私たちも神を「知らない」と言ってしまうかもしれない者たちです。けれども神の方では私たちを「どこにいるのか」と探して、目に留めてくださるのです。神殿から隠れるようにして出てきた主イエスの目に生まれつき目の見えない人が見えました。しかしまだこの時、この人から主イエスのことは見えなかったのです。私たち一人一人が、「見えない」「知らない」と言っても、主が皆さんを見つけてくださるのです。見つめてくださるのです。「目に入れても痛くない」という表現がありますが、それほどまでに主は私たちを慈しんでくださるのです。私たちの人生は主の御手の中で祝福されているのです。