待降節第3主日礼拝
待降節第3主日礼拝 10:30 司会・説教 廣石 望 奏 楽 玉嵜順子 讃 美 歌 242「主を待ち望むアドヴェント」3節 前 奏 (黙祷) 招 詞 (詩編24,9-10) 讃 美 歌 231「久しく待ちにし」 交 読 文 詩編84編 (「交読文」p.25) 旧約聖書 出エジプト記12,37-51 (旧p.113) 新約聖書 ヨハネによる福音書1,29-34 (新p.164) 祈 祷 説 教 「神の子羊」 祈 祷 讃 美 歌 243「闇は深まり」 献 金 主 の 祈 93-5 頌 栄 25 祝 祷 後 奏
- 教会学校 「星に導かれた博士」 (マタイ2,10) 村上雅子
本日礼拝後
- ガリラヤ会 A会議室
発題:シリーズ「私の信仰・私の歩み」
発題者:渡辺 峯
- 壮年会
- 青年会
今週の集会
- 祈り会 12月19日(水)10:30-11:30 会議室A。前回に続き、村上先生の解説によるボンヘッファーの「キリストに従う」をCDで聴き共に祈ります。
次週(12月23日)予告
- クリスマス礼拝
聖書:ルカによる福音書1,47-55
説教:「マリアの賛歌」廣石 望
- 教会学校クリスマス礼拝 「イェスさまの誕生」(イザヤ9,5) 廣石 望
- オリーブ会 9:40-10:00
- 教会 クリスマス祝会 礼拝後-14:00ごろ
- 教会学校クリスマス祝会 15:00-16:30ごろ
今後の礼拝・集会予定
- 12月24日(月)クリスマスイブ夕拝(18時)
キャロリング(19時ごろ出発)
牧師室から
洗礼は、現在ではキリスト教会の入信儀礼だ。いわゆる幼児洗礼の起源はよく分からないが、中世以降は乳幼児の戸籍登録のようなものになった。
ユダヤ教には、穢れを清めるための沐浴の習慣があった。これを大改革するかたちで、洗礼者ヨハネが、荒涼たる荒野の底を流れるヨルダン川の煌めく水に、人々の全身を浸すという終末論的な象徴行為を始めた。「終末論的」とは〈世界の終わりに直面して〉という意味だ。当時のユダヤ教には、世界はじきに終わるという実感をもった人たちがいたのである。「火の審判」が来ると信じられていた。
ギリシア語「バプテスマ」は「沈め・浸し」の意。水に沈んでいったん象徴的に死ぬことで、罪の咎めを免れて最後の審判を生き延びる、という趣旨だったのだろう。
この儀礼に応じたのは、律法に照らして、聖なる神殿に参詣すべくもないほど「穢れている」とされた下層民が中心であったろう。ヨハネは人々を、滅びの不安から解放したのである。
イエスも、ヨハネから洗礼を受けた。もっとも彼は下層民ではない。まっとうな職業をもつ中間層の出身だ。ならばイエスは、差別された人々と共に生きようと願ったのである。
「キリスト・イエスへと洗礼を受けた私たちすべては、彼の死へと洗礼を受けたのだ。…彼と共に葬られたのだ。…キリストが、父の栄光を通して死者たちの中から起こされたように、そのように私たちもまた、いのちの新しさにおいて歩むためである」(ロマ6,3-4参照)。
クリスマスは、このような運命を生きたイエスの到来を、私たちに対する〈神の行為〉として祝うことである。(廣石望)