「福音を告げ知らせながら」使徒8:1-8 中村吉基

イザヤ書58:6-14;使徒言行録8:1-8

今日の箇所には2人の人の名前が記されてあります。先々週(7月16日)の礼拝でも予告しましたが、1人はサウロと言う人物、もう1人はフィリポという人物です。
その際共に聴きました7章58節にはステファノが最高法院で裁かれた後に死刑になることが決まり、その裁判の「証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた」と謎めいた人物として描かれていましたが、8章に入ってサウロという人がどんな人であったかが徐々に描かれるようになります。このサウロは後の伝道者パウロです。この時はまだ、急速に広まりつつあった最初のキリスト者を迫害しているユダヤ教の指導者でした。

1節には「サウロは、ステファノの殺害に賛成していた」と前置きがされ、3節には「サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた」と記されてあります。その間の2節にもありますように、この頃、エルサレムで誕生したばかりの最初の教会は、「大迫害」のもとに置かれていたといいます。ステファノの殉教以来、エルサレム教会への締め付けが厳しくなってきました。使徒たちと「ヘブライ語を話すユダヤ人」たちはエルサレムに留まることができました。しかし他方で「ギリシア語を話すユダヤ人」たちは「ユダヤとサマリアの地方に散って行った」のです。つまりこれらの人びとはステファノが指導していたグループの人びとでした。

今日のもう1人の登場人物である「フィリポ」は評判の良い人たちの中から執事が選ばれた際の7人のうちの1人(イエスの12弟子のほうのフィリポではない)ですが、このフィリポもこの時、迫害されたのです。フィリポの名前はステファノと同じギリシア語読みをすることから同様に見なされていたのでしょう。

話をサウロに戻しますが、サウロの記述は9章から本格的に始まります。しかしここにサウロを少しだけ登場させて、後の大伝道者パウロの物語が徐々に広がりを見せていくのです。のちのパウロからしてみれば、自分のことを「家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた」などという過去の自分の行いが「使徒言行録」に記されるだなんて嫌なことだったでしょう。しかし、こういうことをきちんと描くのもまた聖書の特徴と言えます。ペトロやヨハネと言ったこの時代に大活躍していた使徒でさえ、主イエスが十字架にお架かりになった時には、先生のことも、自分の信仰も放り出して逃げだしてしまった人たちでした。

私たちは誰でも必ず失敗します。しかし、その失敗してしまったことが原因になって、そこから立ち上がれないということはないのです。神は必ずその失敗、あるいは人には言えないような悪事をしたとしてもご自分のもとに悔い改めて戻ってきた者に力を与えてくださいます。今日の箇所におけるサウロのことも神の力を証しする一つの記録なのです。

さて、もう一方のユダヤやサマリアの地方に散らされていった物語です。エルサレム教会では共同生活をして教会を営んでいきました。教会と言ってもこの時はまだ、立派な会堂などありません。先ほどのサウロが「家から家へと押し入って教会を荒らし」という言葉が示すように、最初の教会は自宅を開放してくれる信徒の家に集まって礼拝をささげていました。聖書学者の山口里子さんによれば「ほとんどの家は小さくつつましく10~20人分のスペースを何とか提供できる程度」。ちょうど今、私たちが礼拝しているこの場所の3分の1くらいということでしょうか。「最初期キリスト者たちはそのような家の集会(エクレシア)で共に祈り、食事を分かち合いました。特に癒しの力に恵まれた人々もいれば、預言の霊感に恵まれた人々もおり、見事な語り部たちもいました」(『新しい聖書の学び』)。

そのようなキリスト者の共同体=教会が、エルサレムから離れて、ユダヤ、サマリア地方に散らされていくという道を選択しました。地方ではまだキリスト者に対する迫害がほとんどありませんでした。4節に散らされて行ったキリスト者たちは移動中も福音を宣べ伝えることを忘れませんでした。フィリポはサマリア地方に移動していきました。5節以下にはこのように記されています。

「フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った」。

フィリポも他のキリスト者たちも地方に行ったら地方に行ったで、そこにも貧しくされ、苦しい生活を余儀なくされていたたくさんの人たちに出会っていきます。フィリポも他の信徒たちも、命からがらこの地方に逃げてきたわけでしたが、こうしてエルサレムを離れて遠くに来てみると、ここにも主イエスの福音の教えを必要としている人びとがたくさんいるではないか、という現実にぶつかったわけです。そのことが「福音を告げ知らせながら巡り歩」くことになったのです。おそらくこの時、この人たちの心の中には「義のために迫害される人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである」(マタ5.10)という主イエスのみ言葉が響いていたのではないでしょうか。

サマリアという土地についても以前お話しをしたことがありますが、ユダヤ人から忌み嫌われていた地でした。しかし、主イエスは天に挙げられる前(使1:8)に「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」。つまりサマリアでの福音宣教は主イエスのご命令でもあったのです。

フィリポはここにきて、自分がディアスポラのユダヤ人であることから差別され、エルサレムも追われて、今サマリアに来ている現実を噛みしめていたことでしょう。だからこそ自分と同様に差別され、困難な状況下で生きていたサマリアの人びとの心に寄り添うことができたのでしょう。そして何よりも福音の源である主イエスご自身もまた差別をされ、困難な中を生き抜かれたことからその福音のメッセージは人びとに力を与え、立ち上がらせたのでしょう。6節以下には「群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。町の人々は大変喜んだ」。こうしてフィリポのサマリアでの福音宣教は実を結んでいったのです。

今日、私たちがこの箇所から学ぶことは、フィリポや最初のキリスト者たちが厳しく、しかも悲しいステファノの死を乗り越えるという迫害下にあっても、なぜ福音を宣べ伝えて、他者に寄り添うことができたのか、その信仰の力を一人ひとりが考えてみる必要があるでしょう。そして今この現代社会を生きているすべてのキリスト者が目指すべき姿が今日の箇所には記されて行きます。社会の片隅で心が擦り切れそうになっている人たちが私たちのすぐ近くにいるはずです。そういう人たちがいつの時代もたくさんおられるということは悲しい現実ではありますが、この現実は私たち一人ひとりが「その人たちに寄り添いなさい」と神から示された促しでもあるのです。どうか1人ひとりが心に主イエスの思いを宿しながら、また主イエスと共に歩みながら、聖霊の力を受けてこの新しい1週間へと出発しましょう。