「復活の証人たち」 コリントI 15:1-12 中村吉基

イザヤ書53:4-12;コリントの信徒への手紙I15:1-12

「主イエス・キリストが神の力によって十字架の死からお甦りになった」

とされる復活の信仰は、主イエスの弟子たちが作り上げた物語であろうとする説明がかなり昔から存在しています。つまり主イエスの復活は歴史的な事実ではないとするものです。主イエスの“復活”のあと、弟子たちは復活の主を宣教しました。いろいろなところで説教もしました。

十字架で死を遂げられた主イエスを弟子たちはなかなか忘れることができませんでした。考えてみてください。それほど衝撃的な出来事だったからです。けれどもあのゴルゴダの処刑場から逃げ出してしまった弟子たちも、主イエスが十字架で残忍な形で殺された主を目の当たりにした記憶に落胆しているだけではなくて、もっとそれ以前の、生前の主の素晴らしさ、優しさ、厳しさ、力強さなどなど思い出すと、弟子たちの心が燃えだして、弟子たちの“心の中で”主イエスが復活して、弟子たちを導き、励まし、力をくださるようになったと、まことしやかに語られます。この説はブルトマンなどの神学者によって唱えられました。果たしてこれは本当なのでしょうか。

今日の箇所では、パウロが主イエスの復活について説教をしているところですが、この復活のメッセージというものが、パウロや他の弟子たちが心の中で体験したこと、あるいは主イエスへの信仰の証言とするにはいくつか矛盾することがあります。

まず第1の点です。パウロは9節にも記されていますように、かつては教会を迫害していました。しかし、復活の主イエスに出会い、主イエスの福音を伝える伝道者になりました。パウロはガラテヤの信徒への手紙の1章でこのように言っています。

「あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。また先祖からのユダヤ教の教えを守るのに、人一倍熱心で、仲間の間では同じ年頃の多くの人たちよりもユダヤ教の教えに忠実に歩んでいた」(13,14節私訳)。

そして使徒言行録を見てもサウロ(パウロ)は当時の当時のキリスト者たちを迫害していたことは明白な事実です。同9章の冒頭にはこうあります。「サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んでいた」「信者を見つけ出したならば、誰彼も縛り上げて、エルサレムに連行しようと思っていた」(1,2節私訳)。

パウロは生前の主イエスに会ったことはありませんでした。もうこの頃には、ほかの弟子たちが「主イエスは復活された」と方々で宣教をしていましたが、それらの共同体に敵対し、彼は主イエス・キリストについてはまったく無知であっただろうと思われます。ですから少なくともパウロの〈心の中で〉主イエスが復活するような経験はしていないと思われるのです。

第2の点です。

ではどのようにして福音の言葉がパウロに及んだ(復活のキリストが現れた)のかと言えば、それは3~8節のところに記されます。パウロは福音が伝えられることを「キリストは○○に現れた」と語っています。ただ言葉で伝えたのではないのです。活けるキリストが現れ、それぞれに近づいて来られたのです。「ケファに」も、「12人」、「500人以上」の人々、「ヤコブに」も「使徒」たちにもそして「パウロ」自身にも主イエスは現れたと証言しています。そして、「大部分は今なお生き残っています」とするところに、「もしこれが作り話だと思うならば、直接聞くことだってできますよ」というパウロの並々ならぬ意欲が込められているような言葉に聞こえるのです。

「ケファ」とはペトロのことです。彼はシモンという名でしたが、主イエスからアラム語で「岩」を意味する「ケファ」というあだ名を与えられます。「ペトロ」というのはそれがギリシア語化ものです。主イエスはペトロに現れ、次いで500人以上もの仲間たちに現れました。ヤコブの名前も出てきていますが、エルサレムの教会を最初に指導したのはペトロでしたが、この主の兄弟(主イエスの弟であった?)と言われるヤコブも徐々に頭角を現してきます。おそらくペトロを筆頭に仰ぐグループとヤコブのグループとの伝承がここに反映されているのでしょう。

一つここで注目すべきことは「12人に現れた」と記されてあることです。文字通りこれは主イエスの使徒の数を表わしています。マタイとルカ福音書では復活の主は「11人」に現れたと記されてあります。イスカリオテのユダは、数に入れられていないのです。じつはパウロがこのコリントの信徒への手紙Ⅰを書いた時より数十年もあとでマタイとルカは成立しています。福音書の中では「自死したユダ」あるいは「弟子たちから破門されたユダ」というイメージが作られてしまうのですが、パウロが伝えるところによればユダにも復活のキリストは現れたと言ってよいでしょう。

パウロはローマの信徒への手紙10章13節で「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」と言っています。そのことをパウロは身をもって理解していたのでしょう。やがて復活のキリストはパウロにも現れることになります。「そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました」。これは「未熟児」と訳す聖書もありますが、早産で産まれたということです。これはパウロに対する中傷として言われていたかもしれない言葉でした。

「主イエスが現れた」。

今見てきましたように、5節以降に「現れた」という言葉が6回繰り返されます。主イエスさまご自身が、御自ら現れてくださったということがパウロによって強調されています。この時は誰もが「受け身」で主イエスの復活に接しています。つまりこれは主イエスの復活ということは、弟子たちが小手先で操作してでっち上げたというようなことではない、ということです。弟子たちは揃って主イエスの復活の目撃者でした。主イエスの証人でした。

第3の点です。

使徒言行録では、この「証人」という言葉が、13回出てきますが、この中で7カ所は「主イエスの復活の証人」という意味で使われています(1:8、1:22、2:32、3:15、5:32、10:39、13:31)。そしてこの復活の証人と記されてあるところには「十字架」という言葉も記されています。つまりこれはセットになって証言されています。つまり何を言いたいのかといいますと、十字架の出来事は歴史的な事実でした。その出来事に普通おそらく架空のこと(弟子たちがでっち上げたような作り話)を対にして語ることは考えにくいということです。

主イエスの復活の生き証人が、ペトロやパウロ、弟子たちなのだ、十字架も復活もすべて事実として起こったことだと証言するのです。歴史上、多くの人が言いました。

十字架で主イエスが亡くなったということは、疑うことができない事実です。でもしかし、一度死んだ人が甦るなどということは普通の常識では考えられないことだ。それを口に出して宣教しているなんて、なんと馬鹿げたことだろうか。主イエスさまの弟子たちだけではないのです。2000年の教会の歴史の中でも同じような事が言われてきました。他宗教を信じる人や無神論者だけでなく、時には教会内部からもそう言われ続けてきました。けれども主イエスの弟子たちは2000年前、主イエスが敵対していた人たち、あるいは教会の迫害者に向けて「復活の証人」として語っているのです。よほどの根拠がなければ言えることではありませんでしたし、うっかり偽証してしまったら、敵対している陣営に攻撃の材料を提供してしまうことになります。主イエスの弟子たちが、そのような危ない橋を渡っていたとはなおさら考えにくいのです。

こうして伝えられた福音の言葉をパウロはコリントの人びとに伝えることになりますが、ここにもキリストの復活の出来事を信じられない人びとがいたようです。今日の箇所の次の12節では「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか」とパウロは言い、また14節では「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です」と言いきっています。

この反対者たちにパウロはたいへん苦心します。これはパウロだけではありません。私たち現代に生きる者たちも福音を伝えようとする時に同じ苦労をするのではないでしょうか。パウロは3節で「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです」と言います。つまり自分自身は直接主イエスの指導を受けたり、旅にも一緒に行った者ではないし、むしろ主イエスの弟子たちを迫害していた者だけれども、キリストはそういうどうしようにもない自分を召し出してくださり、伝道者となって今日があるのだというのです。自分自身に起こったこの「キリスト体験」自体が信じられないような「恵み」なのだ、と言うわけです。

10節にこうあります。

神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。

神の恵み、つまり神のご好意によってパウロは今、生かされているのだ。決してその神のご好意は無駄にはならなかった。自分の宣教や伝道者としての歩みには苦労が絶えなかったけれども、それができたのは自分の力と言うよりも神の恵み(好意)があったからだというのです。

復活の主によってパウロは「自分は今、生かされている」のだという境地にありました。私たちも主によって確かに「今、生かされて」います。復活の主と共に新しい1週間に出かけていきましょう。