2008年11月23日

終末主日礼拝

Filed under: 今週の礼拝 — Susumu @ 10:30

終末主日礼拝

2008年11月23日

終末主日礼拝 10:30
司会・説教 村上 伸
奏      楽 村上典子

前      奏
招      詞 (ヨハネ黙示録22,20)
讃  美  歌 10
交  読  文 ヨハネ黙示録21章 (代々木上原教会交読文集 p.52)
旧約  聖書 イザヤ書65,17-20(p.1168)
新約  聖書 ペトロ2 3,8-13 (p.439)
祈      祷
説      教 「待ち望む生活」
祈      祷
讃  美  歌 412
献      金
主  の  祈 93-5
頌      栄 26
祝      祷
後      奏			

報 告 (ご高齢の方、お疲れの方は、讃美歌を歌う際、着席のままで結構です)

教会学校

本日礼拝後

  • バザーとカフェ(青年会主催) 12:30〜15:30。会堂内外で。楽しいひと時を過ごしましょう。会場の設営・来客の接待・販売・後片付けなどにご協力下さい。

今週の集会

  • 祈り会 26日(水)10:30〜11:30 会議室A。詩編30編を学び、共に祈ります。

次週(11月30日)予告

  • 教会学校 9:00 お話 「ヨハネの誕生」(ルカ1,5-25)内山 伸子
  • 受洗準備の会 9:45から約30分 牧師室
  • 待降節第1主日礼拝 説教「子ろばに乗るイエス」 (マタイ21,1-9) 村上牧師
  • 9条の会

 

報告

  • 村上牧師の牧師館滞在予定
    • 26日(水)午前〜27日(木)午前
    • 29日(土)午後〜30日(日)午後

 

牧師室から

 「主の御声は水の上に響く。栄光の神の雷鳴はとどろく。主は大水の上にいます」(詩29編3節)

 ここでは「水」「大水」に言及されています。「洪水」10節)も出て来る。これらは原初の混沌(カオス)を指すと言われています。。

 創世記の天地創造の物語にも「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊がの面を動いていた」(1章2節)とあるように、原初、混沌があった。これは、旧約聖書に限らず、古代オリエントの神話に共通する考え方でした。大洪水の恐ろしい記憶のせいでしょう。。

 そして、「水」・「大水」・「洪水」・「深淵」・「レビアタン」(水の中に棲む怪物)などは、いずれも混沌の力の象徴であり、脅威無秩序あるいは死そのものを意味していたのです。。

 ところが、29編の詩人は、「主は大水の上にいます」とか、「主は洪水の上に御座をおく」と歌いました。これは、至高なる神が上に在って、混沌の虚無的な力を足の下に押さえ込まれた、という意味でしょう。脅威や無秩序、あるいは死の力は、今も全く無くなったわけではありませんが、神によって制御され、もはや無闇に暴威を振るうことはできなくなった、ということです。創世記1章7節に「水と水を分けよ」とあるのも、混沌の力の「制御」、あるいは「分散」を意味すると考えられます。。

 こうして神は、混沌とした無秩序の中に在るべき秩序を確立されました。むろん、その秩序の中には「生」も「死」も含まれますが、神が混沌を制御することによって秩序をもたらされたという基本的な信仰を詩人は守ります。。

 この信仰に立って、詩人は、神の大能の力が自然の秩序の中にも現れていることをたたえるのです。「主の御声は力をもって響く」(4節)。「主はレバノンの杉の木を砕く」(5節)。また、「主の御声は雌鹿を産気づかせる」(9節、松田訳)。なんと雄渾な歌でしょう!(村上伸)

 

コメントはまだありません

No comments yet.

RSS feed for comments on this post.

Sorry, the comment form is closed at this time.

HTML convert time: 0.152 sec. Powered by WordPress ME