顕現後第2主日礼拝(地球環境の問題を祈り考える日)
顕現後第2主日礼拝 午前10:30 (地球環境の問題を祈り考える日) 司会・説教:陶山義雄 奏楽:鈴木伶子 前 奏 (黙祷) 招 詞 マタイ福音書11,28 讃 美 歌 51(愛するイエスよ) 交 読 イザヤ書40,25-31(文語訳)交読文集 p.37 聖書朗読 詩編8,4-10 (旧p.1128) マタイ福音書6,25-34 (新p.61) 祈 祷 説 教 「安息にあずかる途」 陶山義雄牧師 祈 祷 讃 美 歌 183(イエスの御名に) 献 金 感謝祈祷:礼拝当番 讃 美 歌 361(この世はみな) 主の祈り 93-5A 頌 栄 29(天のみ民も) 祝 祷 後 奏
- 教会学校 9:00「ラザロの復活」(ヨハネ11,38-44) 松原新吾
- オリーブ会 CS分級時、A会議室 担当:松原新吾
本日の集会
- ガリラヤ会 礼拝後 A会議室
- 壮年会 礼拝後 B会議室
- 「たより」編集委員会 礼拝後 牧師館
- CSスタッフ会 「たより」委員会後 牧師館
今週の集会
- 祈り会 1月23日(水) 10:30-11:30 A会議室。
村上伸牧師の「使徒信条」講解説教の録音を聞き、共に祈ります。(3)「聖霊によって宿り」 担当:松原新吾
次週礼拝等(2018年1月27日)予告
- 顕現後第3主日
(信徒による証し礼拝)
聖書:ヨハネの手紙一 3,16-18
証し:「境界線の向こう側」 村上 進
司会:鈴木伶子
奏楽:中村今日子
讃美歌:516, 531, 24
- 教会学校 9:00「ベタニアの香油」(ヨハネ12,1-11) 須藤兄
集会予定等(詳細は掲示でご確認ください)
(教会内)
- 定例役員会 2月3日(日) 礼拝後 A会議室
(教会外)
- 公開セミナー「核と基地」1月26日(土)13:30〜16:30イグナチオ教会ヨセフホール
【12月臨時/1月定例役員会報告】(抄録)
- 廣石牧師の主任担任教師代務者就任にあたり、担任教師の辞任は不要であることが判明、辞任の手続きは取り消した。代務者就任は受理された。
- クリスマス関連振り返り:聖夜燭火礼拝の参加者が76人ととても多かった。チラシを地域にポスティングした成果か。 洗礼式の用具の準備に不手際があった。牧師任せにせず役員が用意に関わるべき。
- 1月以降の奉仕分担:礼拝説教⇒廣石、陶山両牧師および田中健三先生(日本聖書神学校卒、無教会新宿集会)が担当。 祈り会⇒信徒が交替で担当、村上伸牧師の使徒信条連続講解説教(1996年)のテープを聴く。 オリーブ会⇒原則としてその日の教会学校説教担当者が担当。 週報印刷⇒村上進
- FEBC(キリスト教ラジオ放送局)より、代々木上原教会のホームページで公開している村上伸牧師のヨハネ黙示録の説教音声を、4月からの放送で使用させてほしいとの依頼があり、これを承認。
- 特別伝道集会:3/31(日)、ジャズ演奏会として正清泉さん(ドラム)トリオに出演を依頼する。
- 定期教会総会は4/28(日)とする。 (以上)
牧師室から
「安息日の意味」
7日をもって一週間と定めたのは古代バビロニア人であった。月の満ち欠けから暦を生み出し、その変化が7を4回重ねると一巡りすることを発見し、その周期が12回をもって1年を数える叡智は農耕文明に繋がっている。古代エジプト文明は更に精巧な暦を太陽の周期運動の観察から生み出している。
聖書の民は7日のうち1日を聖別して特別な意味を付している。旧約聖書では神による創造完成記念日である。また、新約聖書の復活物語から、教会はイエス・キリストの復活記念日に改めて、「安息日」を週末から週の初日に改めている。いずれの安息日にも深い意味が込められているのである。現代人は、とりわけ、非宗教的な時代の人々は、週1日の休日を享受しながらも、その由来と意味を見失っている。
エーリッヒ・フロム(1900〜80)は安息日の持つ意味を現代に甦えらせてくれた。本日の礼拝説教でその一端を紹介したい。彼はフランクフルトのユダヤ人家庭に生まれ、ハイデルベルクとミュンヘン大学で哲学、社会学、心理学を学び、ベルリン大学で精神分析学を学んでいる。1933年にナチスの迫害を逃れてアメリカに移住し、コロンビア大、イエール大学で教鞭をとり、最後はメキシコに逃れて生涯を閉じている。
フロイトとマルクスに深く学び、現代社会の諸問題を経済的要因と精神分析の両刀を用い、更にユダヤ的遺産である十戒の根源的意味に照らし合わせて解決法を説いている。それは「根源的ヒューマニズム」の再興とも呼べる内容である。聖書の安息日規定を説く視点にこのことが良く表明されている。
「安息日は、人間と自然、そして人間と人間の一致の状態を象徴する。労働しないことによって、つまり、自然的社会的変化の過程に関与しないことによって、人はたとえ1週に1日だけであっても、時間の連鎖から解放されるのである。伝統的な安息日の観念にあらわれた『休息』は働かないとか、肉体的労働をしないという意味での「休息」とは全くかけ離れている。人は生存のための闘争にたずさわる単なる動物であることを全く停止する。」
讃美歌183番について
本日の礼拝では説教祈祷のあと讃美歌183番が歌われます。歌詞を作ったキャロライン・ノエル(1817〜77)は病弱な女性でしたが、フィリピ書2章6〜11節に触発を受け、キリストの受肉と受難を通して死に打克ち勝利をおさめた主に向かい全世界が「イエス・キリストは主である」と告白する信仰に自らも支えられている感動を歌詞に認めました。英国の代表的な作曲者であるレーエフ・ヴォーンウィリアムズ(1872〜1958)によって183番は不朽の名讃美歌になりました。
代々木上原教会では主として洗礼式でフィリピ書の当該箇所が読まれ、信仰告白の基準として採用されています。私達の「信仰告白」として本日は礼拝で捧げたく思います。
なお、この183番が1998年6月21日の高井戸教会礼拝で同じように礼拝説教のあと会衆讃美歌として歌われましたが、伴奏者の吉田 實先生は肺ガンを負いながらも、そのことを秘めたまま、この讃美歌を弾いていたのですが、後半では痛みに耐えられず、ついに右手だけの演奏で弾き終わり、これが最後の礼拝奉仕となりました。後日、病床をお訪ねしてその感動をお伝えした所、「信仰告白」の讃美歌であったから終わりまで果たすことが出来た、と申しておられました。幾たびかの病床訪問中、先生から聞けた最後の会話であり、忘れ難い出来事になっています。
(陶山義雄)