降誕前第6主日・子ども祝福礼拝 2022/11/13
本日の礼拝 旧約聖書:コヘレトの言葉12:1 新約聖書:ヨハネによる福音書15:12-14 説 教:「あいしあいなさい」中村吉基牧師 本日の集会 教会学校 幼小科は子ども祝福礼拝(10:30)に...
Yoyogi-Uehara Church
本日の礼拝 旧約聖書:コヘレトの言葉12:1 新約聖書:ヨハネによる福音書15:12-14 説 教:「あいしあいなさい」中村吉基牧師 本日の集会 教会学校 幼小科は子ども祝福礼拝(10:30)に...
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今日は先に天に召された聖徒の皆さまを記念しつつ、ご遺族の方々、関係者の方々をお招きし、礼拝を捧げている。 聖書の時代の王の平均寿命は44歳、庶民は30歳前後と考えられている。それに比べると現代は驚くほど長く生きるが、その人生は苦楽が交互に来る「想定外」続き。不運や不幸に会う方もいる。今日の箇所のコヘレトの言葉にその全てが書かれているといってもいいのではないか?キリスト者には「殺す」「憎む」「戦い」などは無縁と思われるかもしれないが、「想定外」に一歩踏み間違えれば過ちを犯してしまう弱さを抱えている。しかし神からすればすべては「想定内」、「定められた時」なのである。 コヘレトは旧約聖書の中では「箴言」などと同じ知恵文学に属する書物である。しかし他と決定的に違うのは「この世のすべてはあらかじめ運命によって定められており、決して変えることはできない」という考えに立っていることである。私たちが「何事にも時がある」ということを予め知っていれば、自分の人生に起こることは「神のみ心」であると信じることができる。イエス・キリストもそのことをよく理解していた。主イエスは宣教の第一声で「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と仰った。言い換えれば「いよいよ神の定められた時が来た」ということである。我々の人生はすべてのことが神の「時」の中で進められている。
本日の礼拝 旧約聖書:コヘレトの言葉3:1-8、 新約聖書:テサロニケの信徒への手紙I 4:13-18 説 教:「何事にも時がある」中村吉基牧師 本日の集会 教会学校(Zoom):9:00~...
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聖書日課では本日の主日礼拝の主題は「保存の契約(ノア)」。ノアが箱舟の後祭壇を築き礼拝すると、神は彼の息子たちを祝福し保存の契約をたてて証拠とし、「雲の中にわたしの虹を置く」とされた。しかし虹というのは日本語訳であり、英語では単にザ ボウ(弓)と記されている。弓とは一般に戦闘に使われる。神さまの目に悪とされることばかり行ってきたために人間を動物もろとも滅ぼした、つまり神の弓がひかれたのである。素晴らしいのは、生き残ったのはノア一族とて普通の人間であり、神さまの前に正しい者ではない。しかしそれを赦し弓をひかないために神は雲の中に弓を置いた。イスラエルの民が住むパレスティナには河川氾濫を起こすような川はない。この話の成立はバビロン捕囚後と考えられている。約50年という長い年月を経て、神殿まで壊されて荒れ果てた故郷エルサレムに帰還した彼らの希望となる神の言葉が必要だったのであろう。普通の人間であるノア一族が繁栄したのは神さまの祝福あってこそ。長い捕囚の後エルサレムに帰還し、二度と高慢にならず謙遜に生きていこうというという思いで物語を紡いだのであろう。今日の新約の箇所「体のともし火は目である 」というイエスの言葉である。私たちの目は雲の中においた弓を見て私たちと交わした永遠の約束を見る。慈しみ深い神を見つめ、謙遜の思いを忘れないように主イエスの謙遜を衣として身にまとってこそイエス・キリストを全身に輝かせて辺りを明るく照らすことができるのであろう。
本日の礼拝 旧約聖書:創世記9:8-17、新約聖書:ルカによる福音書11:33-41説 教:「虹と弓」 寒河江健牧師(四街道教会) 本日の集会 教会学校(Zoom):9:00~「学ぶ心」(ペトロの手紙一1:24-25...
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