「誰に従うのか」使徒4:1-22 中村吉基

エレミヤ書9:22−23;使徒言行録4:1-22

今日私たちに届けられた聖書の場面は「裁判」について描かれている場面です。捕らえられたのは先週、先々週の箇所にも登場した使徒ペトロとヨハネ、捕らえたのはユダヤ教の祭司たちです。使徒言行録にはたびたびこのように使徒が捕らえられたり、訴えられたりして裁判に引きずり出されると言った場面が出てきます。2000年前の教会の最初期において私たちの信仰の先達の宣教は困難を極めていたことを、まず私たちは知らねばなりません。

五旬祭の日に聖霊を受け、神の力を受けた使徒たちはいよいよ主イエスの教えを力強く宣べ伝えていきましたが、早くも使徒たちに迫害の手が及びます。彼らを疎ましく思っていた人たちに、「サドカイ派」のグループがありました。このサドカイ派は祭司長たち、長老たちの最高法院グループを指します。貴族階級から成る人びとで構成され、自分たちの支配体制を維持しようとしていました。ですから新しい動きには敏感だったと言えます。文字通り保守派の人たちです。そして彼らは復活や終末や最後の審判を信じない人びとでもありましたし、この人たちが何かと原始キリスト教会に反対する勢力でした。

サドカイ派は復活を信じていない人びとでしたから、2節を読むとよくわかりますが、あちこちで使徒たちが「主イエスは甦られた」などと声高らかに宣べられて、もちろんいい思いはしませんでした。主イエスに従う連中というのは神を冒涜しているとさえ思っていました。そしてこのサドカイ派と一緒に冒頭に出てくるのが、神殿で奉仕する「祭司たち」、そして神殿で祭司の業務を監督する傍ら神殿警察を統率し、大祭司に次ぐ権力者であった「神殿守衛長」でした。先週の箇所(3:1-10)では足の不自由な男が神殿の美しの門の前で施しを乞うていたところに、このペトロとヨハネが通りかかった―それは神殿に祈りに行く途中―のでしたが、この新興宗教とも見られていた主イエスに従う連中が神殿に来てまで、新しい教え(それは奇妙な教えと捉えられたことでしょう)を宣教してユダヤ教徒を惑わせるような行動をしているかのように「祭司たち」や「神殿守衛長」には映ったわけです。そしてこの主イエスに従う連中の数が増えて主イエスが生前彼らを批判していたのと同じようにその矛先が自分たちに向けられれば、こんなに厄介なことはないと思っていたはずです。このことから推測するとこの主イエス運動とも言うべき弟子たちの動きは勢いがあって人びとの共感を得ていたと思われます。使徒言行録2章の「ペトロの説教」では「三千人ほどが仲間に加わった」(2:41)。そして今日の箇所の5節では男の数だけで「五千人」とありますからそれは一大勢力となっていったのでしょう。「祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々」は考えました。手遅れになる前にリーダー格の人物を逮捕しようとなったわけです。そしてペトロとヨハネは牢に入れられたのです。

翌日、71人の「議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった」(5)上で、2人は裁判にかけられました。そして7節のところですけれども、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問されました。「ああいうこと」というのはあの美しい門のところで足の不自由な男の人を癒した行為のことを指しています。ここで大げさにまで見せしめのようにしてこの2人を問いただして、今後一切あのおかしな主イエスの教えで人びとを惑わさないように口封じをしようという権力者側の思惑がありました。しかし次の8節を見ると、「ペトロは聖霊に満たされて言った」とあります。そしてペトロはこう弁明します。9節です。「今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい」。この時のペトロには聖霊の力が満ち溢れていました。まず、なぜ8節には「聖霊に満たされて言った」と描写されているのかは、この使徒言行録と同じ著者によって執筆されたルカによる福音書に記されてあります。ルカ12章11,12節には「会堂や役人、権力者のところに連れて行かれたときは、何をどう言い訳しようか、何を言おうかなどと心配してはならない。言うべきことは、聖霊がそのときに教えてくださる」と主イエスが教えてくださっていました。そしてペトロは生前の主イエス同様に病気の人を癒すということが「善い行い」であることを確信していました。そしてその癒しの働きは、10節に「あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、主イエス・キリストの名によるものです」。つまりキリストのお名前による=神のわざであると宣言しました。神さまが祝福してくださっているからこそ、この足の不自由な男の人は癒されたのだというのです。

ここでは、癒し(奇跡)が行われたことが話題の中心ではないのです。今ここで実際に、あの門の側で物乞いをしていた男が立ち上がり、歩いているこの現実こそが神が生きて働いている証拠だというのです。そしてもう一つ、ペトロやヨハネが自分たちの「名」によって勝手気ままに(この人を好きか嫌いかというような簡単な判断で)この奇跡が起きたわけではなく、主イエスを死から甦らせた神の力と、その主イエスをキリストと信じる信仰によってこの癒しはもたらされたのだと言いたいのです。ですから12節でこういうふうにも言っているのです。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」。

2000年前のペトロたちも21世紀を生きる私たちも問題こそは違いますが、主イエスに従おうとすることには困難が伴います。でも「わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」とペトロが言っている通りです。そして19節でペトロとヨハネはこうも言っています。

「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください」。

私たちにとって神に従うのか、人間に従うのかという問題はたいへん重要なことです。第2次大戦中のキリスト者は神に従うのか、天皇に従うのか、ということで苦難を受け、ギリギリの選択を余儀なくされました。そして私たち一人ひとりまた、日々神に従うのかどうかが問われています。ペトロは使徒言行録5章29節でこう言っています。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません」。これは主イエスがかつて「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(マルコ12:17)と言われたことを彷彿とさせます。また、11,12節のペトロの弁明の中で、「この方こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』/です。ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」。この言葉は状況や文脈を考えなければ、私たちの信仰が唯一絶対になってしまう危険をはらんでいます。しかし、あの主イエスが十字架に架かられた際に「わたしは知らない」と言ったペトロが20節「見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」という心境になっています。これはペトロが「神に従う」ことを選択した何よりもの証しです。

もう一度11節の言葉を心に刻みましょう。先ほど交読しました詩編118編22節から引用された言葉です。

「この方こそ、/『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、/隅の親石となった石』/です」。私たちの主イエス・キリストは人間社会では軽蔑をされ、捨てられました。しかし神によって教会の「かなめ石」とされたのです。日々の中でこのかなめ石である主主イエスを仰いで行きましょう。