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受難節前第3主日礼拝

受難節前第3主日礼拝

受難節前第3主日礼拝  10:30

司会・説教  廣石  望
奏      楽  原田由加

前    奏  (黙祷)
招    詞  (詩編124,8)
讃 美 歌  50「みことばもて主よ」
交 読 文  詩編29編(「交読文」p.7)
旧約聖書  イザヤ書61,1-11(旧p.1162)
新約聖書  マルコによる福音書2,18-20(新p.64)
祈    祷  
説    教  「花婿の時」
祈    祷
讃 美 歌  457「神はわが力」
献    金
主 の 祈  93-5
頌    栄  29
祝    祷
後    奏
			

  • 教会学校 「いちばん偉い人」(マルコ9,35) 土田潤子

 

本日礼拝後

  • とくにありません。

 

今週の集会

  • 祈り会 1月30日(水)10:30-11:30 会議室A。前回に続き、村上先生の解説によるボンヘッファーの「キリストに従う」をCDで聴き共に祈ります。

 

次週(2月3日)予告

  • 教会学校 「レビを弟子に」(マルコ2,17) 鈴木伶子
  • オリーブ会 9:40-10:00
  • 代々木上原教会九条の会 「中国を訪ねて―現在の日中関係の中で」(鈴木伶子)

 

今後の礼拝・集会予定

 

牧師室から

 いま大学では受験シーズン真っ最中だ。3月中旬まで続く。その後は、卒業式の関連行事が続く。進学や就職など、若い人たちには〈理想〉と〈現実〉が交錯する時期だ。

 多くの場合、〈理想〉は「夢」の同義語であり、〈現実〉は夢からの「距離」で測られる。

 人間は未来を夢見る生き物だ。だから、いろんな夢をもつ。ただ、〈理想〉があまりに身勝手な欲得であったり、あるいは〈現実〉から遠すぎて、無益な幻想に振り回されたりするのであれば困りものだ。

 では、私たちは理想を現実の方に引き寄せて、〈ほどほど〉で妥協するのがよいのか?

 パウロは、「人がよいと思うことを超えて、君たちが何かを望んだり、何かの働きをなすよう働きかけるのは神だ」と言う(フィリピ2,13参照)。

 ここには、小さな言葉遊びがある。人が「働きをなす」よう、神が「働きかける」と言われるとき、どちらも同じギリシア語の動詞(エネルゲオー)――現代語「エネルギー」の動詞形――が用いられている。

 あえて言えば、 「私たちがエネルギーを発揮するよう、神がエネルギーを発揮する」となろう。

 神は私たちの心に働きかけて、〈このことのために働きたい〉という望みを起こさせる。そうした人々を通して、神は世界に働きかける。

 ならば〈現実〉とは、夢から遠くある私の現状というより、むしろ〈神のエネルギー〉のことだ。それは人の理想(「よいと思うこと」)すらも超えてゆく。

 そして、この働きをキャッチする感受性のことを、新約聖書は「信仰」と呼ぶ。(廣石望)