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三位一体後第17主日礼拝

三位一体後第17主日礼拝

三位一体後第17主日礼拝 10:30

  司会・説教 陶山 義雄
  奏   楽 木下由美子

前    奏 (黙祷)
招    詞 (ローマの信徒への手紙12,1)
讃 美 歌 18「心を高くあげよ!」
交 読 文 詩編84編(「交読文」p.25)
旧約聖書 出エジプト記3,1-15 (旧p.96)
新約聖書 ガラテヤの信徒への手紙1,11-24 (新p.342)
祈    祷
説    教 「良心の声・神の声」
祈    祷
讃 美 歌 519「イザヤを招く神の声は」
献    金
主 の 祈 93-5
頌    栄 83「聖なるかな」
祝    祷
後    奏
			

 

 

本日礼拝後

  • 災害時を想定した避難訓練、大掃除 礼拝後-13時。松原新吾さんの指示に従い、避難訓練を実施します。週報裏面をご覧ください。その後、会堂内外の掃除をします。無理のない範囲でご協力ください。終了後、軽食の用意があります。

 

今週の集会

  • 祈り会 10月3日(水)10:30-11:30 会議室A。前回に続き、村上先生の解説によるボンヘッファーの「キリストに従う」をCDで聴いて共に祈ります。

 

次週(10月7日)予告

  • 教会学校 9:00 「ヨナ物語」(ヨナ書2,2-3)原田 由加
  • オリーブ会 9:40-10:00
  • 定期役員会 礼拝後 会議室A

 

今後の礼拝・集会予定

  • 10月14日(日) 教会カンファレンス
    ※参加申し込み受付中

 

牧師室から

「VOX DEI, VOX POPULI」

 大手新聞の朝刊1ページ目、最下段に「天声人語」と題したコラムがある。およそ僅か600字ほどの短い枠のなか、5ないし6に区切って起承転結の利いたピリッと来る主張が担当者によって受け継がれている。筆者が物心つく頃にはもう載っていたから、社説に並ぶほど重視され、半世紀以上にわたり腕利きの記者が担当して来たに違いない。ところで、「天声人語」を辞書で引くと「神の言葉に対する、(対照的な)人の言葉」(講談社;『日本語大辞典』)とあるが、これは正確でない。そもそも「天声人語」は翻訳の言葉であり、元を正せば啓蒙時代(18世紀)のフランスに遡る。ラテン語でVox Dei, Vox Populi と言い、「神の声を民衆の声に(広める)」働きを指している。啓蒙時代であれば、「神の声」とは神が人類に与えてくれた「理性」である。理性を輝かせて、世間と民衆の闇や蒙昧を啓くのが、由来を辿れば「天声人語」であった。日本の某新聞社は恐らくこうした伝統的意味を踏まえて、それに相応しくあるようにコラムを命名したのであろう。実に当を得た名称であり、それに応えてコラムの質を維持し、高めて来た筈である。大学受験問題に「天声人語」から数多く出題される所以である。

 啓蒙時代よりおよそ200年遡って宗教改革の時代には Vox Dei, Vox Conscientiae と謳われていた。訳せば「神の声は良心の声」である。聖書を唯一の権威として信仰に生きるキリスト者は、ただ単に個人的な道徳や善悪を基準にするのではなく、聖書の御言葉を基準とする限り、それは、良心(con:共に+ schientia:識る心)の声となる。「わが命も、わが妻子も(Kind und Weib)、取らば取りね。神の国はなお(doch) われに在り。」ルターに向かって、「お前は名声と結婚がしたいから教会から離れていったのだ」と悪口を叩かれた時、ルターは、「私の良心は神の言葉と結びついている。何一つ撤回することはできないし、するつもりもない。良心に反して行動することは、危険であり恥である。」と答えている。この伝統はモーセにまで遡る。「神の声は良心の声」           (陶山義雄)