出エジプト記24:12-18;マルコによる福音書9:2-10
天国はどんなところ?
皆さんは「天国」というところにどんなイメージをお持ちでしょうか。あるいは天国など存在しないと思っているでしょうか。おそらく天国が「ある」と信じておられる方は、少なくともそこが暗く、薄汚いところとは思っていないのではないでしょうか。天国とは光り輝く、甘い心地のするところ、さわやかな風が吹き、花が咲き、鳥がさえずる、そのようなイメージを抱いてはいないではないでしょうか。あるいは既にこの世で別れた親や親族、友人、知人、恩人……そして神、主イエスとふたたびそこで出会う場であると考えている方もあるしれません。
不思議な出来事
今日の聖書の箇所はその天国を彷彿とさせる、不思議で、なにやら神秘的な場面を描いています。この箇所には聖書ではおなじみの人の名前が何人も出てきますが、このうちのペトロに焦点を当ててお話をしたいと思います。ペトロは人間味にあふれているというか、彼の行動や言動、ふるまいを見ていて自分にもこういうことがあるというように聖書を読む方もあるのではないかと思います。それだけでありません。聖書には実にいろいろな人が出てくるわけですが、ペトロほど、その性格や感情などをこまかに描かれている人はいないのではないかとさえ思うほどです。
さて、主イエスは3人の弟子、ペトロとヤコブとヨハネを連れて山に登ります。なぜこの3人であったかはここには記されておりません。しかし主イエスが受難に遭われる時、この3人はそこに居合わせたと聖書は告げています。山に登ったところで主イエスが3人の前で変容されます。そこでは「服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった」(3節)とあります。そして、エリヤとモーセという旧約聖書を代表する人物が主イエスと語り合っているのです(4節)。このことはなおさらこの物語を不思議なものに感じさせます。このエリヤとモーセは地上を去るときに死なずに天に上げられた指導者であり大預言者でした。
ペトロの戸惑い
それを目の当たりにしていたペトロはすっかり慌てふためいて、気が動転してしまいました。そしてこのように言いました。5節のところです。
「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです」。
そして続けさまに
「仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」。
それに続けて少しペトロの心情を垣間見せる言葉があります。
「ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである」(6節)。ペトロは熱血漢でした。それに行動もすばやい人、でもあわてんぼうのところがあってそれで失敗してしまうこともありました。しかしこのときペトロが口ごもったのはわけがありました。
「これに聞け」という神の声
今日の箇所の2節の冒頭を見てくださるとお分かりになります。「六日の後」とあります。何の時から6日が経ったのでしょうか。6日前のこと(8章31節からを参照)、主イエスは激しい言葉でペトロを叱責されたのです。8章29節で主イエスは「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と尋ねると、ペトロが「あなたは、メシアです」と答えたまでは良かったのですが、その後で今度は主イエスがご自分の身に降りかかる受難すなわち十字架での死と復活のことを話し始めると、ペトロは主イエスを脇へお連れして、「そのようなことを言わないでください」といさめ始めたのでした。そのときにペトロは主イエスからサタン呼ばわりされて叱られたのです。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」(8章33節)。
ペトロにとってみれば、漁師の仕事や家族を捨てて、すでにしばらくの間主イエスに信じ、従っていたのですから、主イエスが敵の手に渡されて殺されるなどとは信じてもみなかったわけです。また彼は主からサタン呼ばわりされて本当にショックだったと思うのですが、ペトロはペトロなりに主イエスに対しては大きな期待を寄せていましたから、それを裏切られるような受難と復活の予告であったわけです。
思い起こしてみればそれまでペトロにとっては一度も主イエスの敗北した姿や弱さに触れたことはなかったのです。しかも彼は主イエスの最初の弟子の一人であるにもかかわらずです。これまでの主イエスはと言えば、堂々と神の国の教えを会堂で宣言し、病を癒し、悪霊を追い払ってきました。主イエスに向かう敵などないようにペトロには見えたのです。彼の前職はガリラヤ湖に生きる貧しい漁師でした。そこで自分を弟子として召し出してくださった主イエスに大きな希望を持っていました。自分たちの苦しみから救ってくださる救い主、またその苦難の要因の一つでもあったローマ帝国の支配からの解放、とさまざまにペトロたちは主イエスに期待をかけていたのでした。
さて、主イエスの変容の出来事に遭遇したペトロは先ほども読みましたように「仮小屋を三つ建てましょう」と提案します。今まで見たこともないこの出来事をいつまでも残しておきたい、そのような思いからであったのでしょうか。その栄光のみ姿をいつまでもとどめて、自分もそれにあずかり続けたい思いもあったのです。ペトロは主イエスに叱られた時にこのように言われていたのです。
「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(8章34節)。
ペトロは自分の十字架を背負って、この現実を受け入れ、逆境に耐えて生きなさい。忍耐して生きなさい。と主イエスから言われたにもかかわらず、まだ目の前にある栄光の場面にしがみついていたのです。
そこに弟子たちを雲が覆います。雲は神がここに居られるというシンボルです。その雲の中から7節「これはわたしの愛する子。これに聞け」という声が聞こえます。あの主イエスがヨルダン川で洗礼を受けた時にも天が開けて、同じ言葉が聞こえてきたと聖書は告げています。目の前に来る苦難や困難を恐れて、栄光にしがみつくのではなく、主イエスに聴き従うことこそが神の望みでした。
「弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた」(8節)。弟子たちが気がついた時には、最早主イエスだけが彼らとともにいました。
天国を目指す旅人として
「これはわたしの愛する子。これに聞け」……これは2000年前の弟子たちにだけ聞こえてきた神の声ではありません。現代に生きる私たちもこの神の呼びかけに聞いているのです。「これに聞け」とは「主イエスに聴きなさい」ということです。私たちはまず主イエスの声に、教えに、行いに聴く者とならなければなりません。なぜなら、その主イエスの救い、素晴らしさを知らなければ、私たちの隣り人に主イエスのことを伝えることができないからです。イエス・キリストはいかなる人にも、等しく救いを与えてくださいます。「これに聴け」「主イエスに聴きなさい」という言葉を生きた言葉として、私たちが語る者となりましょう。
たとえば私たち自身や私たちの周りにはこのような人がいます。何かに失望してしまった人、愛することのできなくなった人、仕事や学びに疲れ果てた人・・・主イエスに聴いてください、仕事をなくした人、罪を犯してしまった人、絶望している人、不安にさいなまれている人、死が迫っている人・・・ぜひ、主イエスに聞いてください、皆さんの中にも周りにもこのような人がたくさんひしめいています。人は誰でも、人には言えない秘密や悩みを抱えているものです。しかし主イエスは皆さんの心の内側に聴き、その重荷を背負ってくださいます。
ペトロはどうしようにもない人間だったかもしれません、主イエスの受難の時も失敗してしまいます。しかし復活したキリストの光に生かされて、聖霊の力を受けて主イエスに託された教えを宣べ伝える者へと変えられていきました。
カトリック教会で2月5日は日本26聖人を記念する日になっています。
26人の神父や信徒たちが豊臣秀吉によって京都で捕らえられて長崎まで延々歩いて連行されて1597年2月に処刑された「日本26聖人」には14歳のトマス小崎、12歳のルドビコ茨木が含まれていました。この外国人宣教師6名と日本人信徒20名のうち、24名が京都で耳を切り落とされ、「主の教えを聴くな」ということでしょうか・・・・・・たいへんな思いをして長崎まで連れて行かれたのですが、その道中、多くの人は、裸足だったそうです。2月ですから寒風吹きすさぶ厳寒の中、手を後ろに縛られ、粗末な衣をまとっての徒歩の旅は過酷などという言葉では表せなかったでしょう。
その中で、ルドビコ茨木少年はいつも快活さを失いませんでした。いっしょに処刑されたブランコ宣教師が、道中、密かに友人にあてた手紙の中に、ルドビコの明るい姿に、ほかの25人は何度も心を慰められ、力を与えられたと綴っています。ある日、ルドビコ少年を憐れんだ役人が、「信仰を捨てれば命を助けてやる」と言ったところ、「つかの間の命と永遠の命を取り替えるわけにはいきません」とはね返し、役人を驚かせたという。このようなやりとりは何回もありました。長旅の道中で、一行は晒し者としてさまざまな町で、好奇の眼で見られていたわけですが、ルドビコはあまりに小さな子どもであったために、信仰を捨てたならば、養子にしてやろうと申し出る地方の人もいたのですが、そのような甘い言葉にもルドビコはなびくことはありませんでした。この屈強な「ぶれない」信仰はどこから来たのでしょうか。すべて聖霊が強めてくださったおかげです。
長旅も終わり、長崎へ到着。今の長崎駅に対面する位置にある西坂の丘に、26本の十字架が立てられたルドビコは、自分の十字架がよくわからずにいると、「あれがおまえの十字架だ」と役人が指差すやいなや、走りよってその十字架に抱きついたと言われています。最期にルドビコ茨木は、賛美歌をうたい、黙祷をしてその時を待っていました。執行人が槍を構えると、「天国!(パライソ) 天国!(パライソ)」と叫んで槍を受けのだそうです。彼らも天国を目指した一人一人でした。
今の日本にこのような信仰の迫害はないかもしれません。しかし、永遠に無いとは言い切れません。今この国はゆっくりと戦争への備えをしているかのように見えるからです。その中で私たちはそれぞれに自分の負うべき十字架を持っているはずです。それはとても重たいものです。それでも自らその十字架を負うものとなりたいのです。そして26聖人たちがそうであったように、私たちも主イエスが指し示してくださった天国を目指す旅人です!
私たちは一人一人、主が造られた道を歩む旅人です。今日から始まる新しい1週間も主とともに歩んでいきましょう。