「おいでください」ルカ14:15-2廣石 望

イザヤ書25:6-10;ルカによる福音書14:15-2

I

 私たちは日ごろ、誰といっしょにご飯を食べるでしょうか?

 2020年の国勢調査によると、東京都内では半数をわずかに超える世帯が一人暮らしで、その理由は若者の流入と高齢単身世帯の増加にあるそうです。また農林水産省のHPによれば、全国で家族そろって食べる「共食」が減り、たった一人で食べる「孤食」や、家族がそれぞれ別のものを好きなときに食べる「個食」が増えているとのこと。

 では、生命活動の基礎である代謝を維持するための栄養摂取を超えて、広い意味での社交、つまり「交わり」としての食事を、私たちは誰と共有するでしょうか? 多くは家族や親戚などの血縁、学齢期の子どもたちは学校でクラスメートと、その親たちはママ友などの地縁で、あるいは会社の同僚や友人たちという社会的なつながりであろうと思います。

 こうした血縁・地縁・社会的な関係の網の目に入らない人々、つまり、まったくの「他人」と食事することは、災害時の避難所などの例外を除いて、ほぼないように感じられます。仮に同じレストランに入ったとしても同じテーブルには座らず、テーブルをシェアしたとしても、おそらく互いを対話相手とは思っていません。誰と食べるかは、私たちの社会的なネットワークの表現です。

II

 イエスが生きた古代の東地中海世界では、空腹を満たすための朝食・昼食から区別された食事式が社会活動のメインツールでした。現代のような、〈食事はプライベート〉という考え方とは少し違います。

 食事式の目的は友情を確かめ合う、政治的・経済的なつながりをつくる、社会的な義務を果たすと同時に自己演出を行うことなどでした。

 食事式の主催者つまりホストは家父長であり、開催場所は家父長の私邸です。あらかじめ招いておいた客が到着すると挨拶され、奴隷がサンダルを脱がせて客の足を洗いました。これは、もてなしの所作です。客間には、典型的には3つの臥台ないし寝椅子を「コ」の字型に組み合わせた家具が配置してありました。「3つの寝台」を意味するラテン語「トリークリーニウムtriclinium」が客間、つまり宴会の間という意です。人々は寝台の上に半身になって肩肘をついて寝そべり、空いた右手で中央に置かれた丸テーブルに運ばれるコース料理を食べました。一つの寝台に3‐4人が横たわります。つまり一部屋で9-12人くらい。大きな食事式では複数の客間が使用されました。

 ただし、横たわる寝台によって社会的な序列がありました。上座と下座があったのです。入口から見て一番奥の寝台がゲスト用、その右端が主賓の場所でした。その手前、左側の寝台がホスト側の人たちの寝台です。その一番奥つまり主賓の真向かいが、メインホストである家父長の場所でした。これに対して、入り口から見て右側の寝台は下座で、格式が落ちる客たちのための場所でした。そこには家父長の庇護民や解放奴隷、あるいは「影」と呼ばれる招かれざる客たちが横たわったのです。その意味で、食事式は半ば開かれた社会空間でした。

 また、私たちには意外なことに、上座と下座の間では、提供される食事の質と量に、はっきりと差がつけられました。食事式は、いっしょに食事する仲間たちの集団をその「外部」から区別するものであっただけでなく、仲間たちの「内部」にある社会的格差や序列を、見せつけるための場でもあったわけです。

 さて、「晩餐」――ギリシア語「デイプノン」――に続いて、食事式の第二部として「飲み会」――ギリシア語「シュンポシオン」ないし「ポトス」――がありました。ギリシア・ローマ社会では、晩餐と飲み会の中間では神への賛歌(パイアーン)と献酒がなされました。第二部の飲み会をとりしきるのは宴会長です。それは、飲酒と音楽や踊りを含む楽しい交流の時間でした。

ユダヤ教徒も、晩餐と飲み会の二部構成からなる食事式の構成を共有していたそうです。ただし招かれるのは、独特の食物規定を遵守するために、同族ユダヤ人だけであるのが通例でした。晩餐の冒頭は家父長による「パン裂き」で始まります。私たちの「いただきます!」に当たります。他方で晩餐の終わり、ないし第二部である飲み会の前に、ユダヤ社会では家父長による「ぶどう酒の祈り」が捧げられました。これは私たちの「ごちそうさま」に当たりそうです。

 福音書のイエス伝承から、イエスも積極的に食事式に参加したことが分かります。多くの場合、イエスは客の一人です。他方で、最後の晩餐のように、明らかにイエスがホストである事例は意外に少ないです。原始キリスト教でもこの社交様式は継承され、パウロ書簡とりわけ第一コリントス書簡などからは、食事式が通常の礼拝の場であったことが知られます。午後に集まって晩餐を行い、それに続く「飲み会」の場で説教その他がなされました。

III

 イエスが参加する食事式の特徴は、当時の社会で真っ当な「仲間」とは、まったく見なされていなかった人々がそこにいたことです。つまり通常の食事式では下座に陣取った「影」と呼ばれる存在ですらない人々が、宴の主賓たちでした。女性たちもいたでしょう。

マルコ福音書には、弟子に召された徴税人レビの私邸での食事式のようすが描かれます(マルコ2:13以下)。それを見たファリサイ派の律法学者たちが、「どうして、彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と、同席する弟子たちに問うたそうです(16節)。イエスの返答は、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」でした(17節)。別の箇所では、イエスは父なる神を称えて、あなたは「これらのこと(悪霊が聞き従うこと?)を知恵ある者や賢い者に隠して、幼子たちにお示しになりました」と言います(ルカ10:21)。つまり〈健常者vs病人〉、〈義人vs罪人〉、〈知者や賢者vs嬰児〉という健康・宗教・知識に関する優劣の対比が言及され、何れの場合も劣者の側が「神の王国」の主賓たちと見なされます。

 古代地中海社会における食事式には、社会集団の内部リソースと序列を維持する機能がありました。ユダヤ社会では律法とりわけ清浄規定が、誰が「仲間」であるかを判断するための規準でした。しかしイエスにおいて、こうした社会集団を成り立たせるための規準そのものが廃棄されています。「穢れている」と見なされた人々が宴の主役だからです。

当時も今も、私たちは血縁者や将来的に見返りが期待できる人を「仲間」と見なし、手持ちのリソースを割いて食事に招きます。近年発達しつつある文化進化論という学問は、数ある生き物の中で、なぜ人間だけがここまで大きな規模で「協力する種」になったのかを解明しつつあります(S. ボウルズ/H. ギンタス『協力する種――制度と心の共進化』NTT出版、2017年)。これに照らしても、イエスと彼の「仲間たち」のふるまいは、こうした文化の進化が生み出したスタンダードに対する挑発です。文化進化における突然変異とも言えるでしょう。

IV

さて、前置きが長くなりました。本日のテクストは「大いなる宴会」の譬えと呼ばれます。この譬えは先ほど朗読したルカ福音書だけでなく、マタイ福音書(22:2-14)に、そして新約正典には含まれないトマス福音書(語録64)にも伝えられています。3つのヴァージョンには、それぞれ著しい特徴があります。それでも、これらは同じ話の三つのヴァリエーションです。そこに共通の基礎を提供したベーシック・ストーリーは、例えば次のようなものだったと思います。

神の王国は、つぎの話のようである。

ある人が大きな宴会を催した。そして晩餐の時刻に、彼は奴隷を派遣し、招待客たちに言わせた、「おいでください。もうすっかり準備が整いました」。

すると皆が一斉に言い訳を並べ始めた。最初の者が彼に言った、「私は土地を買いました。どうしてもそれを見に行かねばなりません。申し訳ありませんが失礼させていただきます」。次の者が言った、「私は2頭ずつ5組の牛を買いました。これからその品定めに行くところです。申し訳ありませんが失礼させていただきます」。第3の者が言った、「私は妻を1人娶ったばかりです。それで伺うことができません」。

奴隷は帰り、そのことを主人に報告した。主人は怒って、奴隷に言った、「急いで通りに出て行きなさい。そして出会った人を連れてきなさい」。奴隷は命じられた通りにした。そして家はいっぱいになった。客で大入り満員である。

ルカ福音書の場面設定では、イエスはファリサイ派の議員宅で開催された食事式で、おそらく第二部の「飲み会」の部分で、参加者たちとの歓談の中でこの譬えを語ります。宴会の座で、宴会の譬えを語るわけです。

 ストーリーはこうです。――主人は一大イベントとして食事式を計画し、当日の夕刻、礼儀正しく奴隷を送って客たちを招きます。ところが招待客の全員が、土地の購入という商業活動、牛の購入という農耕活動、また妻の娶りという家政活動など、要するに日々のしがらみを理由に、そうした労苦からの晴れがましい解放であるはずの宴会への参加を断ります。メンツをつぶされた主人は当然怒りますが、驚くべき代案を提示します。通りで出会った人を、誰でもいいから連れてこいと言うのです。こうして替え玉ゲストによる満員御礼の宴会が成功しました。

V

 いくつかのことを考えたいと思います。

 第一に、イエスが「神の王国」を宴としてイメージするとき、イザヤ書25章にあるような終末論的な視野があります。それは神が「すべての民のために催す」宴であり、そこで神は「死を永遠に呑み込み」、「すべての顔から涙を拭う」。これは人類生命系の究極の幸福です。その日には、「見よ、この方こそ私たちが待ち望んでいた主、その救いに喜び踊ろう」と人々は言うでしょう(イザヤ25,6.8.9)。

 この人類の夢とも言うべき喜びの中心にいるのは、イザヤ書では「神の民」イスラエルです。しかしイエスの場合、それは「罪人」「病人」「嬰児」たちです。これはイスラエルの文化伝統の革命的進化のように見えます。

 第二に、イエスの言葉に、「東から西から人々が来て、アブラハムとイサクとヤコブと共に、神の王国(の宴)で横たわるであろう。しかし王国の息子たちは、外の闇に投げ出されるであろう。そこには嘆きと歯ぎしりとがあるであろう」というものがあります(マタイ8:11-12を参照)。

 最初の招待客全員の断りは、マタイのイエスが言う「王国の息子たち」、つまり現行の「神の民」イスラエルと重なります。イエスにあっては、現在有効な集団形成の価値基準そのものが無効化されているのです。逆に言えば、私たちは国籍、民族、文化、宗教、社会集団、家系などを、究極的な拠りどころとする必要はありません。

 第三に、譬えの主人は代理客を招くさい、「貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人」を連れてくるよう言います(ルカ14:21)。この言葉は、直前の文脈でイエスが、ホストであるファリサイ派の議員に向かって言った言葉(ルカ14:13)のオウム返しです。イエスはホストに向かって――自分自身は客であるのに――、昼食や夕食の会を催すとき、「友人、兄弟、親戚、近所の金持ち」でなく、このような人々を招くよう教えました。

 ルカ福音書では、食事式の参加者の一人の発言、「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」(ルカ10:13)を受けて、イエスは譬えを語ります。究極の喜びの宴である「神の王国」への招待に、お返しのできる人などいません。神が招待者だからです。だから、神の王国の前夜祭である交わりの食卓には、すでに今から、そもそも返礼のできない人々を招くのが自然なのです。イエスの交わりの食卓はたんなるチャリティーではありません。それは、世界の最終決定的なあり方に関するヴィジョンへの参与です。

 最後に、そして第四に、代理客による極めて怪しげな替え玉宴会の話を聞いたとき、聴衆は笑ったのではないでしょうか。あるいは失笑したかもしれません。見返りを期待しない食事式など、現実社会に存在しなかったからです――イエスが加わる交わりの食卓を除いて。

 イエスが提示する自由な宴のイメージは、集団を外部から分離し、さらにその内部に序列を設けることで維持される社会のあり方を根底から覆します。その代案として提示されるのが、隣人愛と平等な包摂という新しいヴィジョンです。

VI

 人類は技術、道徳、宗教、文化などを発展させたおかげで、剥き出しの生存競争から解放され、現在のような安定的な生存や繁栄を手に入れたと言われます。しかし私たちは今なお、いわゆる「他人」を交わりの食卓に入れることがありません。親族や学校あるいは会社などの中間共同体の間とその内部に、さまざま序列をつけることで、私たちは集団リソースを再分配してきました。それは、どの政党が政権をとろうと、またグローバル化の時代とその後の保護主義の時代も変わりません。

 それでも私たちは、イエスと原始キリスト教の夢について知っています。ならば、こうした傾向に少しだけ抗って、これまで仲間でなかった人々に向かって、「おいでください。もうすっかり準備が整いました」と言えるような共同体になりたいと願います。