「イエスをキリストとして」ヨハネ1:1–14 中村吉基
今日の箇所のヨハネによる福音書では他と違い降誕の話ではなく、初めに言があったと語り、イエスが何者なのかを明確にし、私たちとの関わりを示す。キリストは命そのものでありその命は光としてすべての人間、そこに闇がある人間にすべてを照らす。成功や信仰の強さなどは関係なく、弱さの中でこそ輝く光である。
Yoyogi-Uehara Church
今日の箇所のヨハネによる福音書では他と違い降誕の話ではなく、初めに言があったと語り、イエスが何者なのかを明確にし、私たちとの関わりを示す。キリストは命そのものでありその命は光としてすべての人間、そこに闇がある人間にすべてを照らす。成功や信仰の強さなどは関係なく、弱さの中でこそ輝く光である。
今日は、主イエスが世界のすべての人の救い主としてお生まれになった公現を祝う日である。ここに登場する占星術の学者は「マゴス」と呼ばれる人々、「ペルシャないしバビロニア地方の祭司兼賢者で、占星術や夢占いなどをもよくした人」(佐藤研)である。ユダヤ社会では占いは禁じられていた。ヘロデでさえもひそかに呼び寄せたほどである。マタイのテーマの1つは「社会の中で差別されている人びとと主イエスとの出会い」、ユダヤの社会の中で認められてもいなかったマゴス達が幼子イエスの前に最初に拝むことを許されたのである。主イエスは私たちが「持てないもの」(あるいは持たないもの)をすべてご存知で、私たちの重荷や労苦を担うがためにお生まれになったのだ。学者たちは、星によって導かれるままにユダヤの国へ来たが、どこにお生まれになったかはわからなかったのは不思議である。ただ彼らは星を見て喜びにあふれたとある。そしてユダヤの人々にきいてわかった家に着くや否や幼子をひれ伏して拝んだのである。私たちも救い主に出会った時があったが、その喜びが小さくなってきていないだろうか?それを打開する方法は一つ、神が救い主をお与えくださったこのクリスマスの事実を周りの人々にも伝えていくことである。目的の場所まで導いてきてくださるのだという確信と、私たちが普段の生活の中で、他の人々とのかかわりの中で、私たち自身が誰かの「星」になっていきたいと思いながら、2024年の扉を開けよう。
旧約聖書:イザヤ書7:10-16 新約聖書:マタイによる福音書1:18-25 説教:「インマヌエル」 中村吉基牧師 教会学校クリスマス礼拝:9:00 (ティーンズ科第2・第4主日9:50) 「は...