「まことのぶどうの木に繋がって生きる」ヨハネ15:1-10 槙和彦
ヨハネによる福音書では直接弟子たちに語られたぶどうの木の譬え、イエスがぶどうの木で枝が弟子たち、手入れをする農夫が神である。2千年後を生きる我々も枝といっていいだろう。イエスは枝同士の関係については言及されていないが、枝同士の競争が起こるは自然であろう。しかし同じぶどうの木によって生きる対等な者同士であれば、敵を愛しなさいという難しい教えも希望がもらえるのではないだろうか。
Yoyogi-Uehara Church
ヨハネによる福音書では直接弟子たちに語られたぶどうの木の譬え、イエスがぶどうの木で枝が弟子たち、手入れをする農夫が神である。2千年後を生きる我々も枝といっていいだろう。イエスは枝同士の関係については言及されていないが、枝同士の競争が起こるは自然であろう。しかし同じぶどうの木によって生きる対等な者同士であれば、敵を愛しなさいという難しい教えも希望がもらえるのではないだろうか。
教会からのお願い 新型コロナウイルス対策の一環として、礼拝をライブでも配信しております。ライブ配信を通じて礼拝に参加される方は、以下のリンクからZoomでご参加ください。 ⇒ Zoomで主日礼拝に参加する(※マイクをミュー...
イエスの公生活は3年と長くないが、その中で伝えたかったことのうちの一つが「新しい掟」として「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」というものである。 愛とは相手がいないと成り立たない。双方向の愛がキリストの教える新しい掟である。 普段の生活にいっぱいで愛することは難しいかもしれない。しかし普段関わっている人、すれ違う人もまた神に命を与えられた存在として大切に思いやることが愛することである。私たちは洗礼によって主イエスに結ばれた。イエスの弟子としての証しは、私たち一人ひとりの生き方によってわかる。イエスの教えにかなった生き方をしていなければ真実ではない。イエス・キリストは愛し合う人びとの中に、愛に満ちた共同体に共に生き続けておられる。
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本当にクリスチャンなのか?と問われたとき、それが自分の弱さや欠点を指摘であれば気にする必要はない。しかし主イエスから離れていってるのではないか?という意味であれば危険である。主は私たちの羊飼いという信頼があれば安心して永遠の命を与えると主は言われるが、羊飼いなど不要という傲慢さに気をつけなければならない。私たちは神の子どもである。
本日の礼拝 旧約聖書:詩編23新約聖書:ヨハネによる福音書10:27-30 説 教:「あなたは誰ですか?」中村吉基牧師 報告・お知らせ 礼拝堂に献花をご希望される方は1週間前までに中村牧師にお申込みください。 ...
今日は、イエスが復活後魚とパンで弟子たちをもてなしてくださる箇所である。うらやましい場面であるが、実はイエス様は常に私たちと共にいてくださっている。マザーテレサはミサは霊的な糧であると言った。アメリカで歌われてる賛美歌Part of the Familyで歌われてるように、神の家族として、主イエスの愛に満ちた「たましいの食事」を提供できる教会でありたいものである。
今週の礼拝 旧約聖書:詩編30新約聖書:ヨハネによる福音書21:1-14説教:「たましいの食事」 中村吉基牧師 報告・お知らせ ウクライナ救援募金は先週締め切り、教団社会委員会に送付しました。ご協力あ...
ラザロなど復活した話は聖書にはあるが、イエスの復活はずいぶん違う。鍵のかかった部屋にいらしたり、外見を見て主である言事を確認するのに時間がかかる。霊的な体であり、人間の五感でも確認できるみ姿だが、生前のイエスのままではなかったようである。 復活を喜ぶ弟子たちの中に入れないトマスは心を閉ざし、傷跡に触れなければ信じないと言う。イエスは彼にむかっても平和があるようにと祈り傷跡に触れさせる。裏切った弟子にイエスから近づき許した。復活は絶望的になっていた人びとが再生する道を与えた。いのちを惜しんで家の中でビクビクしていた人たちはて主イエスの教えを宣べ伝えて、多くの弟子たちが最後には殉教することもいとわなくなった。
今週の集会 旧約聖書:詩編118:14-29、新約聖書:ルカによる福音書20:19-31説教:「主はあなたがたと共に」 中村吉基牧師 報告・お知らせ 教会住所録が発行されました。会員間の交わりにお用いください。ウ...