「さあ行こう、ベツレヘムへ」マタイ2:1-12 中村吉基
イエスを最初に礼拝したのは東方の占星術の学者と記されているが、当時の社会の中では片隅に追いやられてる人達と考えられてる。一方、ヘロデ王は救い主の誕生を希望ではなく脅威として恐れ、殺そうと試みていた。社会の中心にいるとはいいがたい人々と同じ高さになるように飼い葉桶を用意された。この一年、排除の機運が高まっているが、恐れから人を排除する場所ではく、神に招かれた人を迎える場所となりたいと願い、飼い葉桶のイエスを迎えるこの時期をすごしたい。
Yoyogi-Uehara Church
イエスを最初に礼拝したのは東方の占星術の学者と記されているが、当時の社会の中では片隅に追いやられてる人達と考えられてる。一方、ヘロデ王は救い主の誕生を希望ではなく脅威として恐れ、殺そうと試みていた。社会の中心にいるとはいいがたい人々と同じ高さになるように飼い葉桶を用意された。この一年、排除の機運が高まっているが、恐れから人を排除する場所ではく、神に招かれた人を迎える場所となりたいと願い、飼い葉桶のイエスを迎えるこの時期をすごしたい。
引き続きマタイから、今週はヨセフである。いいなずけ(12,3歳頃に約束される)であったがマリアの懐妊のを知り「戸惑い」「考え込」んでしまう。なぜなら当時の律法に反してしまうからである。しかし夢で天使の言葉をききヨセフはマリアを妻として迎える。これは神のご計画であり、普段から神への信頼を篤いマリアとヨセフも選ばれたのである。このヨセフの決断によって、私たちは主イエスをインマヌエルと呼ぶことができる。夢の言葉は、今の私たちにも語られている。主イエスはいつも私たちと共にいてくださる。争いや貧困などで今よりも一人の子どもの小さないのちが誕生するのにしてもさまざまな困難があった。その中でヨセフとマリアに喜んで受け入れられた命を心に刻み感謝と喜びをもって救い主イエスをお迎えしよう。