救い一覧

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「本当にこの人は神の子だった」マタイ27:32-56 中村吉基

受難週におけるイエス・キリストの十字架刑の出来事を通して、神が人間の苦しみに共におられることを語っている。イエスが十字架につけられた背景には、宗教指導者の嫉妬、群衆の心変わり、ピラトの保身という三つの人間的要因がある。これらに共通するのは自己中心的な思いであり、現代に生きる私たちの中にも存在する。イエスはその罪を引き受け、力を使わず黙して十字架に向かわれた。十字架は神が私たちの苦しみに寄り添い、救いを差し伸べているしるしである。神の愛は今もなお、私たちに注がれている。

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「言い訳を捨てる」申命記18:15-22 中村吉基

モーセは言い訳の達人というわけではないが、言い訳が相手をまた神をどれほど悲しませるかを今日の箇所を通して考えてみたい。モーセは神がイスラエルの民を救うために立てられ、み言葉の伝達者にして忠実であることが求められた。単に伝えるだけではなく」従わない者があるならば神はその責任を追及する¥とある。とても厳しい。しかしクリスチャンとは主イエスが歩かれた荊の道に続いていくものである。そこに言い訳や言い逃れができない。道を歩む上で躊躇や苦悩を覚えてしまうが、聖霊がともにいてくださる。そのような歩みのなかに大きな恵みがあるものである。言い訳をしても神はすべてご存じだ。クリスマスにむけて神が私たちに贈ってくださった救い主イエスを見上げて歩みたい。