「あなたがたを友と呼ぶ」ヨハネ15:12-17 中村吉基
今日の箇所は、最後の晩餐の際に弟子たちに話された「告別説教」と呼ばれているメッセージである。中で「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」とある。それは弟子のことだけではなく私たちのこともである。キリスト教徒の迫害の先頭に立ってパウロが復活の主に出会って回心し大伝道者となり、教会をたて各地に長い手紙を書いたのも、全てパウロという人が主イエスの「友」とされた、ということに起因している。私たちは(弟子たちも)「自分が主イエスを選んだ」と思いがちである。しかし今日の箇所には「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」ともある。信仰とは、神や主イエスを信じることも、また教会につながっていることも、すべて神の選びによるのだと信じられるどうかにかかっている。また「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」ともある。」と続く。この教えが実現するときに、復活された主イエスは今この時も私たちの中で生き続けてくださる。今日の箇所の直前の11節で「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜が満たされるためである」とあるが、これが主イエスの言いたかったことの集約ではないだろうか?いつも喜んで、その喜びがいつも満ち満ちているために、神は私たちを選び、そして友と呼んでくださる。このお招きに応えて、喜んで主をお迎えしよう。