
「救う方がシオンから」ローマ11:25-36廣石 望
パウロは現代イスラエルのことを当然知らないが、ローマ書簡を通して現在をとらえる眼差しがどうあるべきかを考えたい。この中で救いとは4つあると示す。〈律法の行為による救い〉、〈律法なしの義認〉、〈変貌による救い〉、そして今日の箇所である〈選びによる救い〉である。パウロは伝道によって集まった異邦人に神殿祭儀を解放することでイスラエルの不信を取り除くと夢見ていたのかもしれない。神の憐れみは人間の信仰ではなく神が中心なのである。そういう意味で現在のシオニズムとパウロの考えは違う。私たちが平和を求めるなら個別の内的確信に基づきその限界を超えなければならないことをパウロは示唆しているように思う。