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創作劇 「友達」(チング)

創作劇「友達」(チング)
全三幕
作・演出 村上 進
上演:代々木上原教会教会学校 中高科有志
2003年5月11日

 

あらすじ

血気盛んな日本人青年、タクヤ。 彼は日々街宣車の上でマイクを握り、繁華街を行きかう人々に、北朝鮮の脅威を訴えかける。 ところがある日、この街を縄張りにするヤクザに襲われ瀕死の重傷を負ってしまう。 遠のいてゆく意識の中でタクヤが見たものは・・・?

登場人物

タクヤ
やくざ子分
やくざ若頭
カラス
シュウ
OL
中年男性
チマチョゴリの女子高生
看護師

青年A
青年B
救急隊
通行人

第一幕 新宿歌舞伎町

(雑踏。 街宣車の上で一人の青年(タクヤ)がマイクを持って演説している。)

タクヤ:
日本政府の優柔不断な態度のせいで、日本に帰国した拉致被害者の方々と、北朝鮮に残してきたそのご家族は引き裂かれたまま、事態はこう着状態になっております。拉致被害者の方々、そのご家族のお気持ちを思うと、わたしは胸がはりさける思いです。

先の日朝首脳会談以降、その恐るべき北朝鮮当局の実態が次々と明らかになっております。すなわち、北朝鮮は組織的なテロ国家であり、自国の目的達成のためなら、他国を侵略し、市民を拉致、洗脳し、状況によっては殺害する、そういう国であることを自ら宣言したわけであります。 さらに恐るべきことに、あの狂気の指導者は、核兵器の開発まで行わせているのであります。

このまま放置しておいてはなりません。 直ちに経済制裁をくわえ、さらに日本国内における不法な在日朝鮮人たちを逮捕する等の毅然とした報復措置を取るべきであります。 核ミサイルを弾ち込まれてからでは遅いのです。 さぁみなさん、今すぐ行動を起こしましょう。 署名、カンパのご協力を、重ねてお願いいたします。

(街宣車の下で青年A、青年B、ビラを配ったり、署名を集めたりしている。
照明、やや暗くなり夕暮れの感じ。 いつのまにか雑踏も去り、タクヤひとりが街宣車の上に立っている。タクヤ、街宣車からおりて来てリュックを片方の肩に掛け、少し歩く。 舞台右手の塀の上に腰掛け、タバコに火を点けようとする。)

(右手からヤクザ若頭と子分登場。)

子分: (タバコをタクヤからひったくって捨てる)
てめぇか? オレたちのシマで挨拶もなしに偉そうなことぶっこいてるやつぁ? あぁ?

(胸ぐらをつかむといきなりタクヤの腹にパンチ。 体を二つ折りにして苦しむタクヤ。)

子分:
このあたりのシノギはなぁ、上原組がシメてんのよ。 勝手なことされっと俺たちの顔ってもんがね。
(さらに殴る蹴るの暴行をくわえる。 タクヤ反撃しようとするが全くパンチがあたらない。 )

子分:
おうおう。 若いってのはいいねぇ。 元気があって。 でもね俺たちぁ喧嘩のプロなのよ。 しろうとさんになめられるわけにはっ(さらに殴る)いかっ(蹴る)ないのっ。
(タクヤ、倒れて動けない。目だけでにらみ返している。)

若頭:
んぁ? なんだ?その目ぁ? ま~だ分かってねぇみてぇだな? (ポケットからナイフを取り出してタクヤに近づくと、いきなり右腕に突き立てる。 タクヤうめき声を上げる) どうだ? 死ぬのは怖ぇか? (ゆっくりナイフを抜くと、タクヤのシャツでそれをぬぐって立ち上がる) こんどこの辺りでてめぇの顔見かけたら、腕ぐれぇじゃ済まねぇからな。 よっく憶えとけ。 (若頭、子分、立ち去る)

(タクヤの腕からとめどもなく鮮血が噴き出している。)

タクヤ(独白):
やっ、やべぇ。 (左手でポケットからケータイを取り出してなにかダイヤルする。 しかし壊れている様子。 ケータイを振ったり画面をのぞき込んだりしているが、やがて力なくケータイを下へ取り落とす。)

タクヤ(独白):
くそー。やべぇよ。救急車呼ばなきゃ。 あっ。 誰か来た。

(OLらしいスーツを着た女性が近づいてくる。 地面に血が流れているのに気づき立ち止まる。 しかしタクヤに気づくと口に手を当て、舞台中央の通路を通って足早に去ってゆく。)

タクヤ(独白):
あっ。ちょ、ちょっと。待って。

(中年男性が近づいてくる)

タクヤ(独白):
あ。あのオヤジ知ってる。 この辺のキリスト教会で子ども集めて、なんかやってる奴だ。 こないだ公園でギター弾いてた・・・。 キリスト教会なら助けてくれるだろう。

すっ、すいません・・・(あまり声が出ない。 しかし中年男性、一応気づいて立ち止まる)

(中年男性、持っていた新聞をタクヤの側に広げ、視線を遮ると、血だまりをよけて知らんふりで通り過ぎる)

タクヤ(独白):
うそだ~。 くそっ。 偽善者め。 (がっくりと頭を垂れる)

(照明、さらに暗くなる。 前を白い仮面をかぶった人々が、何人も右から左から通り過ぎてゆく。足音だけが高く響くが、だれもタクヤに気づかない。)

タクヤ(独白):
くそ~。 目がかすんできた。 俺このまま死んじゃうのかよぉ。 やだよぅ。 誰か。 助けて。 ・・・かぁちゃん・・・。

(タクヤ、動かなくなる。 するとカラスが上手から現われ、用心深くタクヤに近寄る。 タクヤの前の路面でちょっと足を滑らせる。《そこに血がたまっている様子を表現》)

カラス:
おおっとぉ。 おーおー。 まー派手に血ぃ出しちゃって。 こりゃもうだめだぁな。 さてさて、これはごちそうだぁ。

(カラス、タクヤをつつく。 タクヤ無意識にそれを左手で払うしぐさ。 カラス、驚いて飛びのく。)

カラス:
なんだ? まだ生きてたのカァ。

タクヤ:
うるせ~。 あっちへいけ。

カラス:
そんなにじゃけんにするなって。 最期までそばにいてやるからさ。

タクヤ:
最期って・・・。 くそっ。 俺はこんなところでのたれ死んだりしねぇ。

カラス:
そぉカァ? 時間の問題だと思うけどな。 ほら、みてみ? 誰もあんたに気づきもしないだろ? もう助かんないって。 はやく楽になんなよ。 この辺りでプータローひとり行き倒れたって、あいつら都会の人間にとっちゃ、月曜日と木曜日にここに積み上げられてる「燃やせるゴミ」とおんなじなのさ。 一人で死ぬより、こんなオレでもそばにいる方がいいだろう?

タクヤ:
死ぬって決めつけるんじゃねぇ・・・。

カラス:
あんたがここで肉になりゃぁ、オレたち家族みんなでそれを頂いて、一週間は生き延びられる。 あんたの肉はオレたちの命にかわるのさ。憎んだり憎まれたりしながら人間の社会で生き延びるより、いいことだとは思わないか?

タクヤ:
勝手なことをぬかすんじゃねぇ。 俺は、俺は・・・もし助かったら・・・。

(カラス、急に顔を上げてあたりを警戒する。 それから舞台下手を見つめる。 そこにはチマチョゴリを着た女子学生が立っている。 女子学生タクヤに駆け寄る。 カラスあわてて飛び去る。)

女子学生:
(タクヤの肩に手をかける) あのっ。 大丈夫ですか?

タクヤ:
う~。

女子学生:
大変。 (鞄から携帯電話を取り出して119番通報)

女子学生:(電話に向かって)
ヨボセヨ~。 あっ。 あのっ。 けが人なんです。 大怪我してます。 血が、血がたくさん。 (しばらく電話の相手の言うことを聞いている様子) はい。 はい。 (立ち上がって辺りを見回す) あの、歌舞伎町二丁目です。 はい。 え? あ、はい。 丸正、マルショウってスーパーが見えます。 はい、はいそうです。

女子学生: (タクヤに向かって)
今、いま救急車きます。 がんばって。 ね。 (また電話の相手の言うことを聞いている様子)はい。 はい。 えーと・・・。(辺りを見回す。 それから自分の胸のリボン[スカーフ]に手をあてる。 そしてスカーフを外すと、タクヤの右腕のつけねに巻いてきつく縛る。)

タクヤ:
なんで? なんで俺を・・・。

女子学生:
チング。チングだからよ。

タクヤ:
チング?

(舞台暗転。 救急隊、タクヤをストレッチャーに乗せて下手へ退場、女子学生が後に続く。 しばらく赤色回転灯の光が点滅している。)

第二幕 臨死

(タクヤ、白いパジャマを着てふわふわ歩いている。 前方に若い女[シュウ]。 シュウは端末のキーボードをたたいている。)

(タクヤ、シュウの前を通り過ぎようとする)

シュウ:
(大声で)ちょっと待った。 名前は?

タクヤ:
(びくっとして)タ、タクヤ。 ハマサキ・タクヤ。

シュウ:
ハマサキ・タクヤ? (端末の画面を見る) あ~、夕べ新宿で刺されて死んだ奴ね。 ちょっと待って。(キーボードをたたいて何か検索している様子。) ハ・マ・サ・キ・タ・ク・ヤっと。 あら?

タクヤ:
何してんの? (端末をのぞき込もうとする。 シュウそれをさえぎって)

シュウ:
だめだめ。人間は見ちゃだめなの。

タクヤ:
(独り言)人間はだめって・・・じゃあんたはなんなの?

シュウ:
あのねぇ。 あんたまだビザが出てないわ。

タクヤ:
はぁ? ビザ? なにそれ?

シュウ:
とにかくあんたは人間界に戻らなきゃいけないの。まだやり残したことがあるでしょう? さあ早く。 もたもたしてると強制送還よ。 (タクヤの肩をもって回れ右をさせ、背中を押して下手の方へ押しやる。) もう。手間をかけさせないで。 一人で戻るのよ。いい?

(タクヤ不満そうに振り向きながら下手に退場)

第三幕 病室

(舞台が明るくなる。 タクヤ、舞台中央でベットに上半身を起こして横になっている。 点滴や心電図モニターなどがまわりにセットされている。看護師、クリップボードを右手に、左手にタクヤのリュックを持って上手より登場。)

看護師:(タクヤに体温計を渡し、血圧を測りながら)
どう?気分は? 傷は痛む?

タクヤ:
あ、動かすとすこし。

看護師: (クリップボードに体温や血圧のデータなどを記入、それからリュックの中身を取り出しはじめる。 タクヤが街頭で配っていたビラの束などが出てくる) これはみんなあなたの持ち物ね?

タクヤ:
はいそうです。

看護師:(ビラに目をやりながら)
「北朝鮮に断固制裁を」?・・・。 そのあなたがなんで朝鮮高校の子とお友達なの?

タクヤ:
朝鮮高校?

看護師:
夕べあなたに付き添ってきた子よ。 お友達じゃないの?

タクヤ:
・・・。

看護師:
そんなはずないわよねぇ。 (ビラを読む)「拉致被害者家族を思うと胸が痛む」? よく言うわ。 あなた被害者家族の誰かと知り合いなの? (ビラをタクヤの胸の上に置く)

タクヤ:
いや、そういうわけじゃ・・・。

看護師:
あなたは北朝鮮を「組織的なテロ国家」なんて決め付けてるけど、今やあなたの命の恩人の祖国よ。 見ず知らずの拉致被害者には「胸が痛ん」で、あなたのその活動のおかげで彼女たちがいじめられても、それは何ともないわけ? このごろ朝鮮高校の子たちが、チョゴリを汚されたり、汚い言葉でののしられたり、ひどい目にあってるのを知ってるの? だいたいあなたは、誰かの悲しみに「胸が痛んだ」なんて経験が本当にあるの? (ちょっと涙ぐんで、目じりをぬぐう)

タクヤ:
あの~。 看護師さん。「チング」って朝鮮の言葉ですか。

看護師: 「チング」? そうよ。

タクヤ:
どういう意味ですか?

看護師:
「友だち」とか、そういう意味だと思うけど、もっと広い意味かもしれない。 「同胞」とかそんな。 あの子がそれを言ったの?

タクヤ:
はい。 僕のことを「チング」だって。初めて会ったのに。

看護師:
(意外そうにタクヤを見つめる) そう。 (ふと我にかえって) あっ。そうだわ。これ、あなたに渡しておく。(白衣のポケットからリボン[スカーフ]を取り出し、ベッドの枠に結ぶ。) これが生死を分けたの。

タクヤ: え? どういうことですか?

看護師:
これであなたの腕が縛ってなければ、あなたはここに到着するまで、もたなかったってこと。 ・・・あなたが今ここで生きているのは「偶然」じゃないのよ。

タクヤ:
(しばらく考えて) ・・・その子にも、先生にも看護師さんにも感謝してるよ。

看護師:
違うわ。そうじゃないの。 あなたが助かったのは、あの子があなたの腕を縛ってくれて、救急隊が間に合って、救命センターの当直の先生の処置が迅速だったから? それだけじゃない。 本当は、その後ろにもっと大きな、そう、「意思」みたいなのがあって、それが今もあなたを生かしているの。

こんな職場で働いているとそれがよくわかるの。 今この瞬間に生きてるってことは、偶然じゃなくて、何か大きな力が、その人に生きつづけて欲しいと、心の底から願っているからだと思うの。 ・・・あなたにもよ。

タクヤ:
俺に、生きて欲しくて、何かをさせたくて、その大きな何かが、俺を死なせなかったってこと? (しばらく黙って視線を宙におよがせている) じゃ俺は、俺はこれから何を・・・。 (ビラを握りつぶす。)

(ここで挿入歌。 全員登場)

笑顔を渡そう

曲: 中村 祐子
詩: 村上 進

なんのために生きているんだろう?
明日はだれにもわからない
でも今日一番近くの友だちに、笑顔を渡そう。
それが何かを変えてゆく、そうこころに信じて

そこでたくさん血が流されただろう?
僕の力はあまりに小さい
でも今日僕の隣りのその人に、希望を渡そう。
それがいつか世界をつなぐ、そうこころに信じて

いつものように今朝も目覚めただろう?
それがあたりまえだと思うかい
でも今日あたらしい君のその命、熱く燃やそう。
それが僕らの生きるしるし、そうこころに信じて

==幕==