2013.2.3

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「イエスの尺度」

陶山義雄

イザヤ書5,1-7 ; マタイによる福音書20,1-16

 「天の国は次のようにたとえられる」(20:1)という言葉を譬話の冒頭につけたのはマタイ福音書記者でした。この箇所に限らず、マタイがイエスの譬話を載せる時には、この言葉が枕詞にように登場します。マタイ記者は「神の国」「神の王国」を説明するためにこの枕詞を用いています。同じ譬話がマルコ福音書や、ルカ福音書に載せれている場合に、この枕詞がないことを思うと、これはマタイ記者が独自に語り、イエスの譬を「天の国」を説明するためにこの記者が用いている様子が良く分ります。1例を挙げますと、「種蒔き」の譬はヨハネ福音書を除いて、他の3つの福音書には記されています(マタイ13章マルコ4章ルカ8章)。マタイだけが、これを「天の国」の譬として纏めています。(13:243133444547)。本日とりあげた「ぶどう園の労働者」の譬話はマタイ福音書だけにしか残されておりませんが、「天の国」を説明するのに、相応しい物語であると思います。「天の国」とは、必ずしも「死後の世界」を指している訳ではありません。先ほど読み交わしました「山上の説教」の頂点にあたるイエスの教えのなかで、6章31節以下を新共同訳ではこう述べています:「だから、『何を食べようか』、『何を飲もうか』、『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それは、みな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存知である。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」釜ケ崎のカトリック神父・本田哲郎さんは『小さくされた人々のための福音』と題して、四福音書と使徒言行録を独自の理解をもって訳しておられますが、この最後の部分(6章33節)をこう訳しておられます:「あなたたちは何よりも、まず、神の国と神による解放を求めなさい。そうすれば、こういうものはみな、加えて与えられる。」

 マタイ福音書記者にとって、イエスの教えは、地上にあって私たちが生きてゆく上での物差しであり、目標を表しています。しかも、独りでそのように生きるばかりではなく、共に目指すべき生き方であり、そのように生きる人々の交わりを指して「天の国」という言葉で言い表わしているのです。今日の、「ぶどう園の労働者」の譬は、マタイの意図に沿った、最も相応しい物語の1つであると思います。

 物語は、ある家の主人(óικοーδεσπóτηϛ:家の支配者)が、自分のぶどう園で働く労働者を雇うために、朝早く出かけるところから始まります。何故、朝早く出かけたのでしょうか。収穫をできるだけ多くあげるためであった、と言うのが普通の考え方であります。そして、私もそのように思うのですが、深読みをしたがる聖書注解者のなかには、わざわざ、旧約聖書レビ記19章9節、10節を引用しています:「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。ぶどうも、摘み尽くしてはならない。ぶどう畑の落ちた実を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。わたしはあなたがたの神、主である。」(他にも申命記24:19以下)

 マタイ記者が譬話のタイトルに「天の国」をつけた、その内容に相応しい慈愛の共同体が旧約時代、とりわけ、北王国イスラエルがアッシリアによって滅んだ後、南王国ヨシア王(前640~609)が行った宗教改革によって、こうした慈愛の相互扶助が取り入れられたと言われています。この宗教改革は申命記12章から26章にわたる法典に残されています。

 私たちが今注目している「ぶどう園の主人」が朝早く労働者を雇うために市場に出かけたのは、畑に落ちている「ぶどう」を貧しい人たちが申命記にあるような恩恵に与って来ているので,こうした人々に朝の挨拶をするために早起きをしたのかもしれません。まさか、先に拾われないようにするためであったとは考えられません。もし、そうであれば、慈悲深いこの主人の物語にそぐわない行動をこの主人は取っていることになるでしょう。物語全体から判断すれば、彼がそれほど心の狭い人であったとは考えられません。むしろ、申命記を思うのであれば、主人は、反対に、出来るだけ遅く労働者を畑に送り、それ迄の間に出来るだけ沢山、ぶどうが畑に落ちて貧しい人たちが持ち帰れるようにしたのではなかったでしょうか。彼が、朝早く労働者を雇うために広場に出かけたのは、単純に考えて、収穫を一日のうちに出来るだけ沢山あげたかったからであるに違いありません。

 それが、自然に誰もが考えることである筈です。

 私は、この物語を読んだ時、山の手線原宿駅から渋谷に向かって、朝7時過ぎに電車に乗っていた時のことを思い出さずにはいられません。中・高6年間電車通学をしていた時、あの頃、ワシントン・ハイツと言って米軍家族の施設があった外れに、公共職業安定所がありました。(ワシントン・ハイツの以前は、代々木の練兵場でした。現在は、オリンピック・水泳プールとバスケット競技場になっている、丹下健三さんの設計した二つの吊り屋根で有名な建物があるその下にあたります。)ニコ・ヨンと呼ばれた日雇い労務者が一日の仕事を得るために、朝早く(私が通学で通るよりもずっと前に)仕事を求めて集まっていました。ニコ・ヨンとはその当時、日雇い労務者の日給が254円であったから、そのように呼ばれていたのです。道路の片側にはトラックが沢山集まっており、仕事の手配士と契約を結んだ労務者たちは、早速トラックに乗り込んで、道路工事や建設現場に行ったのです。10時ごろには、職業安定所の前はもう閑散としていたように思います。また、学校の帰り道では、ニコヨン日雇い労務者の方々はまだ路上で道路工事をしている姿を良く拝見したものです。

 聖書の「ぶどう園」の労働者を読む度に、今でもあの情景が目に浮かんでくるのです。慈悲深いこの雇い主は、9時(第3の刻)にも広場に行くと、そこに仕事を求めて労務者がいたので、「あなたたたちもぶどう園に行きなさい。相応しい賃金を払ってやろう」と言っています。相応しい賃金とは公正な、とか、公平な、正しい(δíκαιοϛ)と言う意味で、この物語では大変重要な意味をもたせています。つまり、通常、私たちが「正しい、公正、公平」と思っている物差しとは違った尺度でこの主人(キリストであり神である方)は見ています。

 主人は12時(第6の刻)ごろと、3時(第9の刻)ごろ、また出て行き、同じように、「相応しい(公正な)賃金を払う約束をして」ぶどう園に送り込んでいます。ここで、また、深読みをする聖書注解者がこう付け加えています:「この主人はこれ程まで、怠け者にも慈悲深くあるのは、仕事を怠けて、遊び歩いた挙句、広場にやってきた労働者まで雇いいれている」と解説しています。そうであるかもしれません。しかし、私にはそうは思えないのです。後から雇われた人たちは、足を棒にして仕事を探し回っていたのですが、仕事にありつけず、最後に到達したのが、あの広場であったのではないでしょうか。朝早く、皆雇われて出かけていったあの場所に、もしや、まだ、労働者を求めて来る雇い主がありはしないか、僅かな期待を寄せて、集まった人たちではなかったでしょうか。「公正、公平、正しく」賃金を支払おうとする、天の国の物語に登場するご主人が、これから取る態度を見ると、お昼を過ぎても仕事を求めて広場にやって来た人たちは怠け者とか、ならず者であるよりは、困りに困って、なお仕事を求めて集まった人々を想定することが出来るように思います。先のような意見を述べている聖書注解者には、失業で困った人々への思いや気持ちが欠けているように思います。

 ドラマはこれより最高潮を迎えます。夕暮れ1時間前の5時・第11の刻ごろ、ぶどう園の主人はまだ失業者はいないかと思いながら広場に行って見ると、やはり、そこに集まっていたので、「何故、何もしないでここに立っているのか」と尋ねたところ、「誰も雇ってくれないのです」と言う答えが返ってきます。主人は彼らにも「あなたたちもぶどう園に行きなさい」と言う(原文は現在形)。日没を迎えて(午後6時:第12の刻ごろ)ぶどう園の主人(この8節から先のオイコ・デスポテース:家の支配者ではなく、キューリオス:主人とも訳せるが「救世主」に変わって)、彼は召使(エピトローポス)に「労働者たちを呼んで、最後に来た者達から始めて、最初に来た者まで、順に賃金を払ってやりなさい」と命じた(る)。そこで、5時ごろ雇われた人たちが来て、1デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多く貰えるだろうと思っていた。しかし、彼らも1デナリオンずつであった。すると、主人(オイコ・デスポテース)に(彼らはこの主人をキューリオス:救世主とは認めていないことが分かる)、不平を言った。「最後に来たこの連中は、1時間しか働いていません。まる、一日、暑い中を辛抱して働いた私たちと、この連中とを同じ扱いにするとは何事ですか。」

 彼(3人称代名詞)はその一人に答えた。「友よ(エタイレ:仲間、同僚を指す親しみを込めた言葉)、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」キューリオスに変わった主人は更に言葉を続けていますが、少し中断して、考えて見たいと思います。朝から12時間働き続けた労働者と、たった1時間しか働かなかった人たちと、同じ賃金が支払われています。これに朝から働き続けた人たちが文句を付けるのは、世間の常識として、当然のことのように見受けます。この箇所をテキストにしてクラスで議論すると、当初は誰もが、この文句は当然であると言う反応が返ってきます。日頃アルバイトなどで働いている学生達であれば、更に感情的にこの譬話にたて突いて来ます。イエスの話しは非常識であると言う言葉さえ聞こえてきます。皆さんは如何でしょうか。

 初代教会の人たちはこの譬を聞いて、同じように当惑している様子が良く分ります。それは、マタイ記者が付け加えた編集の言葉で分ります。20章に展開されたこの譬の結び(16節)が、これを物語っています:

「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」

 マタイはこの編集句を、この譬の始まる前の19章30節でも用いています:

「しかし、先にいる多くの者が後になり、あとにいる多くの者が先になる。」

 この19章の結びの言葉は、ペトロが「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」(19:27)と言う、弟子になった時の覚悟を語った言葉に対する、イエスによる更なる献身の覚悟と新会員への配慮を教えた言葉でありました。

 そうすると、この譬は最後に入会した教会員への配慮としてマタイ記者は教会員に訴えるための材料に用いていることが分ります。更に、また、朝からずっと働き詰めて来た人たちをユダヤ人に擬え、最後に雇われた人たちを異邦人として解釈する人たちもいます。こうなるとイエスの譬話は隠喩、背後に隠された意味を語る物語になってしまいます。事実、このように解釈すると、最後の人たちから支払われ、初めにいた人たちも等しく同じ恵みを頂く、と言うのは大変教会的に聞こえます。マタイ記者はそのように解釈して、先の非常識とも思える支払い方について納得できる理解の仕方を聖書を読む人々に提供しているのです。

 赤岩 榮先生は折りあるごとに、教会では新来会者への配慮を私たち、古くからいる教会員にはしておられましたが、その都度、マタイが用いている編集の言葉「先なる者は後に、後なる者が先になる」ことの意味を語っておられたことが忘れられません。(使徒信条の唱和を初めから新来会者に求めるような、バリアを取り除き、聖書が語る福音に咲きなる者も、後なる者も共に与ることを第一義に考えておられました。)

 「ぶどう園の主人」が救い主・キューリオスである理由は、最後に雇われた人々も、最初に雇われた人々も等しく1デナリオンの約束をもって、対応している所にあることを見逃してはなりません。イエスによる正しさ、イエスの物差しは、世の人々から見ると不公平で苦情を言われるものであるかも知れません。しかし、1デナリオンに注目しなければなりません。それは、労働者が1日の糧を得るのに必要な生命維持のためであったとしたらどうでしょう。事実、1デナリオンは、労働者が生活する上で、1日に必要とする最低限の費用なのです。丁度、ニコヨンと言われる254円が以前、日本の日雇い労務者にとって必要な生活の糧であったように。これを、労働時間で分割支給したとすれば、最後の1時間しか働けなかった、それまで失業者であった人は、どのようにしてその日を食べて行けるのか。1時間しか働かなかったのではなく、1時間しか働けなかったのである、と言う視点をもって、イエスの譬を読みなおすと、先の不平は解消しないでしょうか。クラスでもかなりの人が共感をもって受け入れるような変化を見て、私は胸を撫で下ろします。

 先ほど中断した救世主の言葉を、もう一度初めから読み直しを含めて注目したいと思います:

 「私の仲間、友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分がしたいようにしては、いけないのか。それとも、わたしの気前のよさ(寛大さ)で、あなたの目が邪悪になっているのか(妬むのか)。」

 初代教会は当初、持ち物を分け合って共同の生活をしていた様子が使徒言行録(2:42〜46)に記されています。神の恵みであればこそ、生活の糧に困っている人たちを見捨ててはならないと言うことです。「兄弟が必要な物に事欠くのを見て、同情しない者があれば、どうして神の愛がその人の内にとどまるでしょう。子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう。」(ヨハネの手紙一3:18

 イエスと同時代に活躍したユダヤ教ラビ・セラが、私たちが今まで見て来た譬話に良く似た言葉を残しています。しかし、その違いは歴然としているように思います:

 「ラビ・ブン・バール・チヤを何に比べようか。それは王がぶどう園をもっている場合に比べられる。王は労働者を雇って国の世話をさせた。労働者の中に抜群の働きをする男がいた。王は彼の仕事振りを見て、いかに彼が有能であるかを知った。そこで王は彼の手をとって一緒に散歩した。夕方になって、労働者たちは彼らの賃金を受け取りに来た。その男にも残りの者達と同じだけを支払った。すると他の労働者たちが不平を言い始めた。私たちは一日中働いたのに、この男はたった2時間しか働かなかった。それなのにこの男も私たちと同じだけを受け取るのか。王は彼らに言った。なぜ、あなたがたは不平を言うのか。この男はあなたがたが一日中かかって働いたより以上の仕事を、たった2時間でやってのけたのだ。このように、ラビ・ブンは28年間の生涯で勤勉な学生が100年かかって学ぶ以上に律法を学んだのである。」

 イエスは有能であるか、無能であるかを見るのではなく、また、仕事の出来具合に応じて、人の価値に値踏みをすることはしないのです。どの命も、等しく同じ価値を持っており、分け前についても、必要なものについては等しく分かち合うこと、これが神の国である。そして、この国はイエスによって既に始められているのです。

 私たちの社会で営まれる経済活動では弱肉強食が主流をなしています。そのために、豊かな階層と貧しい人々の格差が広がっています。18世紀のイギリスで起きた産業革命期はその頂点をなしていました。この頃に近代経済学は、所得の公正な配分を巡って誕生しています。アダム・スミスは『富国論』を書いておりますが、一方では『道徳情操論』も著し、利己的な経済活動がどうすれば利他的な働きと調和をもつことが出来るのかを論じています。有名な「みえざる神の手」が働いて自ずと利己心は利他心へと調和する、と述べています。しかし、このような自然調和の見方は余りにも楽天的見解でした。次に登場したロバート・マルサスは牧師でしたが『人口論』を著して、貧しい人たちが英知を傾け、人為的に人口調節をすることで、貧しさを克服するように勧めています。利己的人間が他人を思いやる配慮が乏しい現況にあって、制裁による利己心と利他心の調和を図ったのはジェレミー・ベンサムとトーマス・ホッブスでした。ことにホッブスは人間の自然状態は「万人の万人に対する戦い〜Bellum omnium contra omnes」であり、そのような状態では「人間は人間に対して狼である〜Homo homini lupus est」。これを止めるには各人は生命、財産、権利を強力な絶対政権に委ね、そこから受ける規制と制裁によって利己心を抑え、利他心との調和を図る必要のあることをホッブスは説いています。これは社会契約説として政治思想にも大きな影響をあたえました。政治の目的は「最大多数の最大幸福 The greatest happiness of the greatest number」にあると言うことで、これを掲げる思想は功利主義と呼ばれています。しかし、幸福は必ずしも物の豊かさでは測れないことに気付いたのはジョン・スチュアート・ミルでした。彼は利己心と利他心の調和するところに究極的な幸福のある事を説いて、それは、イエス・キリストの山上の説教の結びであるマタイ7章12節、これこそは至福への道であり、功利であると言っています。「あなたが人からしてもらいたいことを、あなたが先ず人にしてあげる。」これこそは最高の道徳であり、克己によって成し遂げられる功利である。 “Do as you would be done by”This constitutes the highest principle of happiness and Christian morality. “ On Utility”

 イエスの正しさと物差しは、ただ単にキリスト者集団の中だけで受け入れられ、守られるばかりではありません。病める世界に向かって、人を生かし、弱者を救済し、誰もが生き甲斐を回復し、究極的には、神の国を地上にもたらす力をもっているのです。そのような働き人として、この後、捧げる讃美歌にあります通り、主イエスによって蒔かれ、時代を超えて成長してきた神の国を受け継ぎ、伝えて行くために、私たちがここに召し出されていることを自覚し、それぞれの持ち場でイエスによる神の国を証しして行くものでありたいと祈ります。

「歴史の流れ旧きものを 返らぬ過去へ押しやる間に
主イエスの建てし愛の国は 民より民へ広がり行く」
「時代の風は吹きたけりて 思想の波は合い打てども
すべてのものを超えて進む 主イエスの国は永久に栄えん」
 

主イエス・キリストの父なる神様

「人が人に対して狼であるような利己的な私たちの罪を、どうか、あなたの御霊によって洗い清めて下さい。また、罪贖われた者に相応しく、争いと戦いの世界にあって、和解の勤めを果たして行くものとならせて下さい。」

 
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