2012.05.13

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「力は弱さの中で」

廣石 望

ミカ書4,1-8 ; コリントの信徒への手紙二 12,5b-10

I

 私たちはしょっちゅう、「もっと強くなりたい」と思います。その理由は大きく分けて二つあるでしょう。ひとつは他人のため、もうひとつは自分のためです。

 他人のために強くなりたいと願うとき、それは自分が属し、愛してもいる人を助けたい、守りたいという思いからです。私が研修旅行で訪れるインドの貧しい地域の子どもたちに「将来何になりたいか?」と尋ね、「どうしてそうなりたいか?」と問いを重ねると、「家族を助けたいから」「困っている人たちのために」と返答する子どもが大勢います。

 他方で、自分のために強くなりたいと願うとき、動機はさらに二種類に分かれると思います。ひとつはちっぽけなことでくよくよしたり、些細なことで動揺したり、他人を不必要に羨んだりしたくない。もっと人間的に強くなりたいというものです。そしてもうひとつは他人には絶対負けたくない、どうしても勝ちたいという競争意識です。

 この最後のタイプについて、ここ10数年来、政府は規制緩和による競争原理を前面に押し出すことで、経済の危機を乗り切ろうとしました。そのとき多くの企業が生き残りをかけて、ひたすら強くなることを目指しました。「強さ」の中身は、利益と自己決定権を最大化することではなかったか。競争に勝つのはよいとして、「負け組」になった人たちはどうすればよいのでしょうか。

 

II

 同時に私たちが日々の暮らしの中で、いろいろな意味の「弱さ」を抱えていることも否定しようもありません。指に小さな刺が刺さっただけで痛くて仕方ない。ちょっと体調が悪くなっただけで気弱になります。些細なことを気に病みますし、小さなすれ違いで私たちの自尊心は傷ついてしまいます。

 途上国に生きる人々あるいはいわゆる非正規雇用の人々は、どう見ても社会構造上、弱い立場に置かれています。自由競争のための機会均等が保証されているのかどうか疑わしいのです。貧困な地域や紛争地に生まれた子どもたちに「自己責任論」を振りかざしてみても、それは彼らの尊厳に対する無責任な侮辱でしかありません。

 そして東日本大震災は、自然の大きな力を前にしたとき、人間が本来いかに小さく、弱い存在であるかを教えました。私たちは技術力や経済力その他の強さを過信し、人間の真の弱さを見過ごしてきました。その驕り高ぶりが私たちや子子孫孫に、また自然環境に途方もない放射能汚染をもたらし、被災地の人々の苦しみをいっそう耐えがたいものにしてもいるように感じます。

 「日本は強い国!」というテレビCMがありました。いったいどういう意味で「強い」のでしょうか? 私たちの弱さとは何でしょうか? 私たちの誇りとは、真の強さとは何なのか? パウロのテキストを手がかりに、ごいっしょに考えてみましょう。

 

III

 今日のテキストの冒頭でパウロは、「しかし自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません」と言います(12,5b)。しかしその前半には、「このような人のことを私は誇りましょう」(5節a)とあります。このような人とは誰のことでしょうか?

 それは先行する文脈(1-4節)にあるような特別な啓示体験をした人のことです。この人は「楽園」と呼ばれる第三の天にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉――例えば天使が語る言葉――を耳にしました。この人は天界を旅したのです。

 じつは、それはパウロ自身なのです。では、なぜこのような人について、パウロはわざわざそれがあたかも他人であるかのように、このような人のことを誇ろうと言うのでしょうか? それは手紙の宛て先であるコリント教会の事情に関係があります。パウロがコリントの町に教会を設立し、当地を去った後に、彼には面識のないキリスト教宣教者たちが「推薦状」を携えてコリント教会に入りました。そしてさかんに「誇った」――少なくとも離れたところで報告を受けたパウロにはそうであると思えた――ようなのです。

 彼らが持参したという「推薦状」は、今でいう履歴書や就職活動のためのエントリーシートのようなものでしょう。そこには自己PRのための略歴が列挙されていたと思われます。この人物がいかに本物の召命意識を持ち、高い教養と優れた宣教実績を備えているかについて証明するものであったと思います。

 古代地中海世界は「名誉」をたいへんに重んじる社会であったといわれます。現代英語の「dignity/尊厳」の語源であるラテン語dignitasは、社会上層における名誉身分や役職、つまり社会における決定権のランキングを、それに伴う名誉の序列とともにあらわす概念でした。貴族たちはその特権が失われた後も、服装や振る舞いでかつての「威厳」を誇示しようとしたそうです。逆に言えば、目下の者から見下されることは我慢ならない。私をそのdignitasに相応しくリスペクトしない者を、私は罰せずにはおかない。――それは私たちのいじましい自尊心と同じでないとしても、少なくとも一脈通じるものであるように感じます。

 パウロは、そのような古代地中海人のメンタリティーに由来する自尊心の誇示に応じつつ、彼自身の特別に卓越した啓示体験について語るのです。つまり自分にだって誇ろうと思えば、負けないものがあるのだよという意味ですね。しかしすぐさま、そのような尊厳から自分を切り離し、「自分自身については、弱さ意外は誇るつもりはない」と断言します。なぜなのでしょうか?

 

IV

 名誉と尊厳を重んじる古代人であれば、決して口にしないような体験についてパウロは語りはじめます。それは、彼の「肉に与えられた棘」についての告白です(7節後半以降)。パウロはそれを「サタンの使い」と呼びます。しかもその刺は「私が度を超えて偉ぶることのないよう、私を拳で殴りつけるため」に与えられたと。「与えられた」という受け身表現の動作主は、おそらく「神」です。パウロの神は、サタンすら用いる存在なのですね。

 その刺が「私から去るようにと、私は三度主に語りかけた」とパウロは告白します。「三度」とは何度も必死にという意味だと思います。「刺」とは、おそらく何らかの持病のことであろうと多くの人が想定していますが、具体的にそれが何であったのかは分かりません。はっきりしているのは、パウロがそのために苦しみ続けたことです。

 この訴えにキリストが与えた返答は、「私の恵みは、お前に足りている。力は、弱さの中で完成されるのだから」でした(9節)。これは〈お前の人間としての弱さは、神の力が完成されるための場所としてそのまま残る〉という意味です。つまりパウロの必死の願いは聞き届けられませんでした。彼の「弱さ」は取り除かれない。しかもその理由は、この弱さが神の力が現れるための器として必要であるから、という驚くべきものだったのです。

 およそ世にいう御利益宗教は、病気その他の「弱さ」が信心によって取り除かれると謳うものが多いのではないでしょうか。キリスト教にもこの傾向はありますし、福音書にはイエスの治癒奇跡がたくさん記されています。この点で、パウロの体験は正反対です。彼の「弱さ」は残るというのが、救済者キリストの判断です。しかもそれは、神の力が完成されるためだという。いったい、どういう意味なのでしょうか?

 それは究極的には、パウロが経験したキリスト顕現の体験に遡るでしょう。かつてキリスト教徒を迫害するために都市ダマスコに向かっていたパウロに現れたのは、「十字架のイエス」でした。当時、十字架は誰にとっても最も忌わしく、最も尊厳なき死のかたちでした。パウロ自身も、イエスの十字架が「ユダヤ人にとってはつまずかせるもの、異邦人には愚かなもの」であると言います(1コリント1,23)。その神から最も遠いと思われていた場所に神が自らを啓示したというのが、パウロのキリスト顕現体験でした。彼が自らの弱さを、神の力が完成される場所として受け入れることができたのは、そのためです。

 だから彼は、宣教者としての苦難をキリストの受難の苦しみと二重映しに捉え、自らの苦難を通して神の語りかけが人々に伝達されてゆくと考えています(例えば2コリント1,4-5を参照)。

 

V

 パウロは、「キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と言います(9節)。「弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まり」は、キリストのゆえに受け入れるべきことなのです。「なぜなら、私は弱いときにこそ強いのだから」(10節)。

 私が「弱い」とはどういうことでしょうか?――私は自分の愛する者を助けることも、それに代わって死ぬこともできない。死は個別的であるからということでしょうか。それとも私は、つまるところ単なるエゴイストにすぎないということでしょうか。

 どちらもそれなりに真実だろうと思いますが、パウロが注目したポイントは若干違います。彼が注目する「弱さ」とは、全能の神の証言者となったイエスの苦しみに私自身が参与し、そのイエスを絆とすることで私が他の人々とつながるという意味です。

 このことをイメージするための手がかりになるかもしれないことを、二つほどあげます。

 震災直後、町の人々の表情には、不安や追悼の気持ちと同時に、被災地の人々の安否を気遣う思いが溢れていました。そこには、「何かしなくっちゃ!」「でも何ができるんだろう?」という焦燥感とも無力感ともつかない思いがあり、まるで〈心ここにあらず〉の状態で必死に祈っていたと思います。このとき私たちは、自らの無力さを通して、弱い立場に追い込まれた人々とつながろうとしていたと思います。

 また家庭に小さな子どもや病人、あるいはお年寄りなど、守るべき「弱い」人がいるとき、私たちは同じような立場の人々とつながることで、互いに助け合います。留学時代、我が家にはいつも乳幼児がいましたが、この子たちが私たちを周囲の人々とつないでくれました。

 私たちの「弱さ」を用いて働く、神の「力」とはそのようなものなのだと思います。

 


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