2004・1・11

「キリストの日に備えて」

村上 伸

アモス書 5,14−15フィリピの信徒への手紙 1,3-12

1月6日は「顕現祭」であった。この日は、マタイ2,1-12に記されているように、東方から幼子イエスを捜して遥々やって来た占星学者たちが黄金・乳香・没薬など貴重な贈り物を捧げて幼子を拝んだ日とされている。このような形で主イエスの栄光が全世界に現れた。それを「顕現」(エピファニー)と言ったのである。

今日の説教テキスト、フィリピ1,3−12も「顕現」と無縁ではない。というのは、フィリピはヨーロッパ大陸で最初に福音が伝えられた町だからである。使徒言行録16章によれば、その経緯は以下の通りだった。

使徒パウロは第二次伝道旅行の途中、エーゲ海に面したトロアスという町に立ち寄った。そこに滞在中、ある夜、彼は一人のマケドニア人が「渡って来て、わたしたちを助けて下さい」(9)としきりに訴える幻を見た。夜が明けると彼はすぐに船出し、途中、サモトラケ島にちょっと寄港しただけで、マケドニアのフィリピに直行した。この町はその州第一の都市で、「ローマの植民都市」(12)である。僅か数日間の短い滞在だったが、パウロは先ず「祈りの場所と思われる川岸」(13) に行き、そこに集まっていた婦人たちに向かって語りかけた。その中に、「紫布を商う商人で、神をあがめる」リディアという女性がおり、この人が心を開いて福音を受け入れ、家族と一緒に洗礼を受けた。ヨーロッパにおけるキリスト者第一号である。このようにして福音は海峡を渡り、主イエスの栄光はより広い世界に顕現した。

パウロが今日の箇所の冒頭で、「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。それは、あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているからです」(3-5)と言っているのは決してありきたりの挨拶などではなく、主の栄光がフィリピにも顕現したことへの喜びと感謝の表現なのである。

だが、「主の栄光が現れた」というのは、単にキリスト教が世界宗教として「表舞台に躍り出た」ことを意味してはいない。愛の道、すなわち、他者を愛して受け入れ・共に生きるというイエスの生き方がフィリピの人々を動かした、ということである。

このような変革は、パウロにも経験がある。彼は、若き日にエルサレムでファリサイ派の律法学校に学び、筋金入りの「律法主義者」として訓練された。確かに、モーセ律法を守るのは善いことだが、律法を余り頑固に絶対化すると、必ず自己を正当化しようとする傾向が現れ、他者に対する寛容さを失う。つまり、「原理主義」になる。パウロが陥ったのは正にそれであった。

それはキリスト教徒との関係において顕著に表れた。イエスの柔軟で囚われない律法解釈、律法の条文よりも一人一人の人間を大切にするという「山上の説教」のような生き方を、パウロは許すことが出来なかった。だから、先輩の律法主義者たちがイエスを十字架につけたのに倣って、同じ道を歩んだのである。使徒言行録9,1-2によると、彼は「主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込み…男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行した」という。宗教裁判にかけて断罪するためである。しかし、ダマスコへ急ぐ途中で、思いがけなくイエスの言葉を聞いた。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」(4)。この問いが、彼を根底から震撼させたのである。

「原理主義」は自己を正当化し、他者を断罪し、迫害し、殺す。人を決して生かさない。パウロはその時、まだそのことに気づいていない。「なぜ、わたしを迫害するのか」というイエスの言葉は正にその点を突いたのである。「お前は自分が正しいと信じ込んでいる。自分を棚に上げて相手の過ちをあげつらい、断罪し、殺している。それは取りも直さず、わたしを迫害することだ。なぜ、わたしを迫害するのか」。

このイエスの言葉によって、パウロは原理主義の過ちに気付き、その呪縛から解放される。そして、新しい道が彼には示された。それはであった。ローマ書12,9以下に彼が書いているような愛の道である。「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。…あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(9-15)さらに、「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい」(19)

現代は、原理主義が互いに衝突している時代である。インド亜大陸では「ヒンドゥー原理主義」と「イスラム原理主義」が衝突しているし、パレスチナでは「ユダヤ教原理主義」対「イスラム原理主義」の構図だ。「イスラムだから悪い」とか、「ユダヤ教がいけない」とかいうことはない。それは偏見である。だが、原理主義に凝り固まると、すべての宗教やイデオロギーは争いの元になる。残念ながらキリスト教も例外ではない。北アイルランドでは「プロテスタント原理主義」と「カトリック原理主義」が、そして今、イラクではネオコンの「キリスト教原理主義」が「イスラム原理主義」と対立している。その結果は戦争とテロの繰り返しだ。冷戦時代の不毛なイデオロギー対立は漸く終わったのに、世界は今や原理主義という泥沼にはまったように見える。

この原理主義の呪縛から解放する愛の道が示されるとき、世界は滅びから救われる。我々がよく歌うように、「世界に愛がやってくる」!「顕現」とは、そういうことなのだ。主イエスにおいてそれはやって来た。そして、パウロも言うように、「あなたがたの中で善い業(=愛)を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださる」!(6)。この「キリストの日に備えて」生きるのが我々の道である。



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