オリジナル絵本 作・画: 土田 潤子
脚本: 土田 潤子
劇中歌 作曲:南山 宏之
作詞:村上 進
モミさん
「わたしは、もみの木。名前はワタナベ・モミともうします。
ワタナベさんのお家の庭に長いこと住んでおります。ここは、静かで、日あたりがよく、とても気持ちのよいところです。からだのすみずみまで陽の光を浴びて毎日すごしております。
わたしは、ここにもうずいぶん長く生きているので、幹はしっかりと太く、(少しあしを広げる)葉の色もこいみどりです。(と、右左のかた先を見る。)時々やってくるあらしにも負けなくなりました。」
ミネさん
「本当にりっぱなよい木になった。」
モミさん
「ワタナベさんが、ときどきひりょうをくださったり、あつい夏には毎朝たっぷりのお水をくださったおかげでわたしはこんなに元気に生きることができました。」
ナレーター
こうやって毎日、朝がくれば伸び伸びと葉を広げ、夜になるとぐっすりと眠り、何ひとつ困ったことのない暮らしをしてモミさんは幸せでした。
けれども・・・
時々思うことがひとつだけありました。それは・・・
モミさん
「わたしはなぜここにいて、なんのためにここに立っているのだろう。」
私はもみの木 いつもみどりよ きのうもきょうも お陽さまあびて ここに立ってる 何のため? まっすぐ伸びた 誰のため? 私はもみの木 いつもみどりよ
ナレーター
この庭には、モミさんだけではなくほかの種類のいろいろな木も立っていました。みんな、すばらしい木です。
「たとえば、春っ!」
タケさん
「わたしはタケっ!」(といってマントをぬぐ)
「わたしはこのにわでいちばんせがたかいのです。このうつくしいいろをごらんくださーい。まいとしたけのこもこーんなにたくさんはえます!」
ナレーター
「また、夏には・・・」
モモさん
「わたしはモモっ。(とマントをぬぐ。)今年もまあるくてジューシーで美しい実がなりました。ヒヨドリがやって来ないうちにめしあがれ。」
ミネさん
「子どもたちおいで〜」
子ども1
「ぼくもほしい!」
子ども2
「ぼくも!」
子ども3
「わあ、おいしそう!」
タクくん
「順番順番!」(とみんなをならばせる。)
ナレーター
『そして秋・・・』
カキさん
「わたしはカキ。
葉も実もすべて同系色で統一されております。実はもちろん甘いですよ、甘いですよ〜。」
ナレーター
春、夏、秋・・・。それぞれの季節、すばらしいみんなと自分を見くらべてもしかたがない、とは思うものの、時々いろいろな木の持つその「わざ」をうらやましく思うこともありました。
モミさん
「わたしは、といえばどうでしょう。一年中「おなじ」です。ずーっと葉の色は緑。美しい実はなりません。」
「子どもさんたちに囲まれるわけでもなく、ただみなさんを眺めることだけを楽しみに一年を過ごしているのです。
こんな時、(なぜ、なんのためにここに立っているのか?)という考えがうかんでくるのです。」
ミノムシさん
「こんにちは。ことしもおせわになります。モミさんのところは子どもさんもこないし、いつもしずかであんしんです。」(とよりそう。)
カブトムシの幼虫
「ここはなかなかいいねどこ、おとなになるのにいいねどこ。」
モミさん
「やれやれ、わたしのところにやってくるのはミノムシやカブトムシの子どもたちばかりか・・・
でもまあ何の役にも立たないよりはいいのだろうが・・・」
私はもみの木 いつもみどりよ ひゃくねんせんねん ずっとおんなじ 花も咲かない 実もならない 虫たちがきて 眠るだけ 私はもみの木 いつもみどりよ
ナレーター
だんだん空気はすんでつめたくなり、いよいよ冬が近いことが感じられるころになりました。庭のほとんどの木はみな美しい葉を落とし、黙ってやがて来る春を夢見ながら静かな休みの時をむかえます。
ススム先生
「ああ、これだ、これだ。このモミだ。枝もいいぐあいに広がっている。今年は、これにしよう。」
「さて、作業始め!」
ツリー堀り子どもたち
「よいしょ、よいしょ!」
モミさん
「根もとにはカブトムシの子どもたちがたくさんねむっています。こんな真冬に掘り起こされでもしたらみんな死んでしまいます。それに気持ちよくぶらさがっているミノムシさんたちだってびっくりして落ちてしまいます。」
ツリー堀り子どもたち
「よいしょっ!よいしょっ!」
ススム先生
「もうちょっとだ。がんばって!」
ナレーター
モミさんの心配をよそにみんなはまわりをどんどん深く深く掘っていきます。こんなに深く掘られたらモミさんはしっかり立っていることが出来なくてぐらぐらになってきました。
ススム先生
「よーし。これでなんとか抜けそうだぞ。台車をもってきて。」
モミさん
「えーっ。わたしはぬかれてしまうのか?」
ススム先生
「根っこの土を少し落として台車にのっけよう。」
カブトムシの幼虫
「な、なんだ。なんだ。」(おとした土の中からねぼけたカブトムシの子ども布をおしのけもぞもぞたちあがる。)
ツリー堀り子ども
「あ、カブトムシの幼虫だ!いそいで埋めてやろう!」
カブトムシの幼虫
「ココハナカナカイイネドコ、オトナニナルノニイイネドコ」
モミさん
「もう、この庭にはいられないということなのか。そういえば、わたしはみんなを喜ばせることはなにもできない。美しい葉も、実も、ならせることができない・・・もう、だめだ。」(うなだれる)
ススム先生
「さあ、行こう。重いから気をつけて。」
ナレーター
モミさんは、住みなれたワタナベさんのお家の門をくぐり、外へ出ました。夕方の街の中へごろごろと手押し車ではこばれていきます。車や人の通る少し広い通りへ出ました。へいの外は初めてなのでなにもかもがめずらしいです。少しいくと、細いろじに入りました。
ススム先生
「くだり坂だから気をつけろー。」
鉢植えモミさん
「こんにちはー。」
ナレーター
突然声をかけられました。よく見ると一軒の家の玄関にやはり大きな鉢に入れられて立っているモミさんがいました。わたしよりもだいぶ若いようです。お庭でないところにいる木を見るのははじめてでした。
モミさん
「こんにちは。」(と、階段下から上に向かって小さく答える。)
鉢植えモミさん
「あなたもですか?いよいよですね。わたしはね。今年はデンキピカピカだそうです。楽しみですねー。がんばりましょうねー」。
ナレーター
「いよいよ」だとか「デンキピカピカ」で「楽しみ」だとか、モミさんにはなんのことだかさっぱりわかりません。
いったい自分がこれからどこへ行くのかしんぱいになりました。
坂をおりきったところで、手押し車は急に止まりました。大きな家の前です。とんがりやねにふしぎな十字のしるしがついた家です。(教会の写真が正面左の壁にうつる。)
ススム先生
「ぶつけないようにきをつけてー!」
ツリー堀り子どもたち
「よいしょ、よいしょ。」(やや左手少し高い位置にモミさんを置く。)
ススム先生
「ひとまず、終了。ここから先は、また明日にしよう。」
ナレーター
だんだん暗くなる部屋のなかでモミさんは不安で不安でたまりませんでした。明日になればわたしはどうなってしまうのだろうか。切ってたきぎにでもされるのか、このまますてられるのか。こんなことを考えているとねむれないまま朝をむかえました。
ご婦人2
「おはようございます。今日はオルガンのれんしゅうですか?」
ご婦人1
「おはようございます。いよいよアドベントですね。」
ご婦人2
「まあ、すてきじゃないの。色が濃くて枝ぶりもよいりっぱなモミだこと。」
ご婦人1
「ほんと。生のモミをかざるのはやっぱりいいわね。」
ケイゾーさん
「おはようございます。」
ご婦人2
「おはようございます。」
ご婦人3
「いつもおそうじごくろうさまです。」
ケイゾーさん
「いえいえ。これはわたしの仕事とこころえております。おお!ことしはまたりっぱなもみですね。」
子どもたち
「さあ、かざろう!」
ツリー飾り子ども1
「あっ。ミノムシだ。とっちゃおうか?」(手をのばす。)
ツリー飾り子ども2
「それもすてきな飾りだから、そのままそっとしておこうよ。」
ツリー飾り子ども3
「そだね。そうしよう。」
ご婦人1
「すてき、すてき。やっぱりモミのこい緑に赤い星がよくはえる。これでじゅんびはととのったわね。」
ナレーター
いったいなんのじゅんびなのかその時モミさんにはわかりませんでしたが、みんなのかおを見ていると楽しい事のじゅんびにはちがいないとおもいました。そして、一年中緑のままでかわりばえのしないことをつまらなくおもっていた自分のことを、こんなによろこんでくれるひとたちがいるということにおどろきました。
だれかがわたしを ここへつれてきて うれしいしごとを あたえてくれた おもいがけない おくりもの ふしぎな すてきな おひっこし 私はもみの木 いつもみどりよ
ナレーター
次の日から何週にもわたってモミさんの身におこったできごとは本当に夢のようなものでした。
この大きな家には、週に一度、おおぜいのひとが集まってきて、子どももおとなもモミさんを囲んで楽しく語り、歌い、劇をして、それはそれは楽しい時をすごしたのでした。
モミさん
今は、またワタナベさんのお家のいつもの場所にもどり、あの冬の一ヶ月のことをおもいだしながら、毎日すごしています。あの場所でのできごとは、わたしにあたえられたなによりのおくりものでした。
私をもとのばしょにもどしながらワタナベさんは、言ってくださったのです。
ミネさん
「モミさん、なーんにもかざりがついてなくても、ほんとにあなたはすてきないい木です。」
モミさん
私はピンと背すじをのばしていつものように庭の真ん中に立っています。
また、あの不思議な「おひっこし」ができるかな、と楽しみにしながら、ね・・・
冬の朝のひかりの中で きっと今ならはっきり言える ぼくはみどりのままでいいんだ ぼくはぼくのままでいいんだ 誰かと自分を比べるよりも ぼくを生かしてるチカラを信じよう 何の飾りもついてないけど ぼくはぼくのままでいいんだ 冬の朝のひかりの中で ぼくらは互いに見つめあってた きみはきみのままでいいんだ ぼくがぼくのままであるように ぼくらはぼくらのままがいちばん! ぼくらはぼくらのままでいいんだ
私はもみの木 いつもみどりよ きのうもきょうも お陽さまあびて ここに立ってる 何のため? まっすぐ伸びた 誰のため? 私はもみの木 いつもみどりよ 私はもみの木 いつもみどりよ ひゃくねんせんねん ずっとおんなじ 花も咲かない 実もならない 虫たちがきて 眠るだけ 私はもみの木 いつもみどりよ だれかがわたしを ここへつれてきて うれしいしごとを あたえてくれた おもいがけない おくりもの ふしぎな すてきな おひっこし 私はもみの木 いつもみどりよ