2021.09.05

音声を聞く

「意味のある人生」

中村吉基

イザヤ35:4〜7前半マルコによる福音書 7:31〜37

 耳が聞こえず、口もきけない人が主イエスのもとに連れてこられました。その当時、手話の技術など発達していなかったと思われますから、この人は完全にコミュニケーションがとれない状態でありました。外の世界とはコンタクトすることができません。これだけでも相当な苦しみを受けていたわけですが、それに加えて当時の社会では身体的な「しょうがい」は罪ゆえの罰であるという誤った考えからくる偏見がはびこっていました。人々は差別に満ちたまなざしを向け、「しょうがい」を抱えた人々を社会の片隅に追いやっていました。

 こうした状況から「しょうがい」を抱えた人々は、神の祝福を受けられないと思い込み(そのように宗教指導者たちが教えていたのですが・・・・・・)、また人々との交わりからも疎外されていたことから本当に孤独であったと言えるのです。

 そこに主イエスがおいでになりました。

 主イエスが仰せになった「エッファタ」という言葉は主イエスが日常話されていたアラム語で、「開け」という意味の言葉です。これは、主イエスの役割を示す言葉でもあります。主イエスは神と私たち人間のかかわりを良い状態に戻すために、この世に来られました。この「耳が聞こえず舌が回らない人」が人々ともお互いに心を開くことができるようにと、主イエスがしてくださったのです。

 主イエスが本当に「開き」たいのは、人間の体ではなく魂です。目が見えるようになるだけではなく、誰もが大切にされて社会の中でいきいきと生きるように、また私たちの魂が永遠のいのちを受けて生きることを望んでおられます。私たちの誰もがいつかは死にます。私たちはいつか自分の身体を神のもとへお返しする日が来ます。そのとき身体は朽ちても魂は永遠に生きるのです。

 34節に主イエスが「天を仰いで深く息をついた」とありますが、主イエスのこの仕草は何を意味しているでしょう。ある人は癒しの奇跡を行う前に、深呼吸をして精神統一をしていた、と読むかもしれません。ある人はこの差別に満ちた社会を憂う、ため息だったと言うかもしれません。しかし、「深く息をつく」という言葉(ステナゾー)は「うめく」、共にうめくという意味も持っています。主イエスの息(「神の息」と言うのは聖霊を表す語でもあります)は神が創造された人間の苦しみを、一身に引き受けてそこから解き放たれることを願っての息であったのです。

 新垣勉さんという盲目のテノール歌手をご存知でしょうか。ひと頃よくテレビにも出ておられました。しかしこの人が牧師さん(エファタ基督教会)であることはあまり知られていません。新垣さんは、沖縄の米空軍基地に所属していたメキシコ系アメリカ人を父に、沖縄の女性を母に、1952年、沖縄に生まれました。生後間もなく、助産婦の医療ミスで、劇薬を点眼され失明してしまいました。お父さんは、米国に戻って消息不明になり、お母さんは、新垣さんを置いてすぐに再婚。新垣さんは、母方の祖母に育てられました。

 ある日、狃仞犬糧詭瓩鮹里辰晋鋲箸幣年に、追い討ちをかける出来事が突然起こりました。たった一人の心の支えだった祖母が、死んでしまったのです。中学2年生の時でした。「おれにはもうだれもいないんだ。自分はいてもいなくてもいい存在なんだ。神から一番見放されている人間なんだ」と自暴自棄になったそうです。井戸に飛び込んで死のうとしたこともあったそうです。

 「大人になったら母を見つけて殺してやる。そして米国へ行って父を探しあてて殺してやるんだ」。少年の心は、両親と助産婦への憎しみと被害者意識で身動きが取れないほどになっていました。

 そんな少年の心をいやしたのは、ラジオから時折流れてくる賛美歌でした。賛美歌が聴きたくて、教会に足を運ぶようになり、高校1年生の時、その教会のサマーキャンプに参加しました。そこで、新垣少年は、生涯の師、牧師の城間(きま)祥介先生と運命的な出会いをしました。

 両親と助産婦への憎しみ、たまりにたまった心の葛藤(かっとう)を、城間先生にぶちまけました。すると、そのうちに先生の泣き声が聞こえてきたのです。祖母以外に、自分のような人間のために、心から泣いてくれた人は今までいませんでしたし、いるなんて思ってもみなかったので新垣さんは驚きました。

 城間牧師は、「頑張りなさい」「忘れてしまいなさい」などのお決まりの説教は一切しませんでした。ただ孤独な少年の痛みを自分の痛みとして共有してくれました。そして彼を家族の一員として、自分の家庭に迎え入れたのでした。

 牧師は、3人も子どもがいるのに、新垣さんを温かく受け入れ、家庭のぬくもりを味わううちに、すさんだ心は次第に癒されていきました。そして、自然に、いつか人のために、また神のために自分をささげたいという気持ちが新垣さんに起こってきたのです。「人の心をいやす仕事はないか」と模索し、牧師になろうと思ったのです。

 彼が高校1年生の時、洗礼を受けます。洗礼式では、初めて人前で賛美歌を独唱しました。歌いながら、涙が流れて仕方がなかったといいます。振り返れば、それが「歌手デビュー」となり、気が付けば教会の集会などで歌うようになっていたそうです。

 「被害者意識」の塊だった新垣さんが、心の自由を得たきっかけは何だったのでしょうか。その大きな要因の一つとして、新垣さんは「良き師の導き」を挙げます。

 牧師になるために、歌の道を捨て、大学の神学部に進学。その在学中に、当時、パソコンもなく、点訳本も少なく、もっと勉強がしたいと欲求不満に陥っていた新垣さんに、ある先生が声を掛けてくれました。「いろんな本が読めないもどかしさがあるだろう。でも、君には一冊の本を十冊分に膨らませるだけの思考力がある。だから絶対に自分を卑下したり、恐れる必要はない」と励ましてくれました。今でも忘れられないこの一言が大きなエネルギーとなりました。また、聖歌隊に所属していた新垣さんの声を聞いて、声楽指導の先生は、歌への道をあきらめていた新垣さんを叱咤(しった)激励しました。「あなたの声はレッスンして磨く必要がある。レッスンに来なさい」「その声を磨かないで、天国に行ったときに、どう神に申し開きするの? 追っ掛けてでもレッスンするから」と。「聖書の勉強に来たのであって、歌の勉強をしに来たわけではありません」と逃げていた新垣さんだったが、先生の熱意に根負けし、歌を捨てずに、歌をささげる決意をしました。

 そして決定的となったのが、世界的な歌手を育てたボイストレーナーのA・バランドーニ氏の言葉。「君の声は神からのプレゼントだよ。オペラ歌手に適したラテン的な明るさを持っているね。これは努力しても手に入らない資質だよ。君の宝だから大切にしなさい」。

 新垣さんは、コンプレックスから抜け出せた体験をこう語ります。

 「私は、小さいころからいじめられ、自分の生い立ちを恨み、父や母の血が流れている体全部にコンプレックスを感じていました。しかし、ラテン系の血が流れ、沖縄の南の明るさが私の体に流れているということを宝だと言ってくれたのです。劣等感を抱いていた部分が、歌う上でプラスだと受け止められるようになったのです。父のおかげで、歌に向いた資質を授かったと思ったら、父への感謝の気持ちがわいてきて、歌うことで、自分の境遇を受け入れ、表現していこうと思えるようになりました」。

 洗礼を受け、神学も勉強し、牧師の道を目指していたため、“知的レベル”では両親や助産婦のことを許してはいました。しかし、全人格的な存在として、意識全体の中で、自分の生い立ちや境遇を受け入れ、そして心の奥深い“内的レベル”で両親たちを許せるようになるまでには、実に受洗から20年の歳月を要したのです。

 多くの良き人々との出会いを通して、「被害者意識」から解放されていった新垣さんは、福岡の西南学院大学神学部を卒業し、牧師の資格を得て、副牧師として5年間、沖縄で働きました。「趣味で歌うにしても、だれが聞いても納得するような基礎を身につけたい」と、その間もボイストレーナーのA・バランドーニ氏からのレッスンを地道に続けていました。そして、本格的に歌の道を歩むために、東京の武蔵野音楽大学声楽科に入学しました。

 しかし、在学中の34歳の時に、狭心症の発作を起こし、1か月入院。病気の原因をあれこれ考えているうちに、自分を捨てた両親をまだ完全に許していないという感情が、心の奥底にあることに気付いたといいます。競争ではなく、「あなたが存在しているだけで意味がある」ということを実感できれば、一人ひとりの子どもたちが、自信をもって自分の道を歩み出すだろう。そしてそれぞれの夢に向かって努力するエネルギーも自然にわいてくるはずだ。他人と自分を比較したり、他人の評価も気にしなくなる。新垣さんは、そう確信しています。

 音大時代に、「君のような声で、目が見えていたら、オペラ界のテノール歌手として、今ごろバリバリやっていたでしょう。でも、オペラをすることも大事だが、地道にコンサート活動をするのも、それ以上に大切なこと。そしてそれは、君にしかできないことだ」と言われたことがあります。

 「私の人生を語り、歌うコンサートは、私にしかできないという意味で、“オンリーワン”の仕事ですね。そして、歌って聞かせてあげるというのではなく、自分が歌うことによって、歌だけが相手に届けばいいですね。神の“道具”になれたらそれで幸せです」

 このように新垣さんは変わって行きました。新垣さんが城間牧師に出会い、牧師の中に生きている主イエスに触れたことは、その時、主イエスが新垣さんに「エッファタ」(開け)と言われたのです。そしてさまざまな人々との出会いも神がすべて用意されたことだったのです。

 神は自分という人間に命を与え、何か特別な意味を持たせて生かしていてくださるということに皆さんも今日ぜひ、気付いてほしいと思います。皆さん一人ひとり、あなたという人間は他にはいません。また誰かがあなたに代わってまったく同じように何かが出来るというものでもありません。「わたしの目にはあなたは高価で尊(たっと)い」(イザヤ43:4 新改訳)と神が今日も語りかけてくださることに耳を傾けるものでありたいと願います。


 
礼拝説教集の一覧
ホームページにもどる