2018.01.14

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「励ましに満ちた決定」

秋葉正二

レビ記18,1-5使徒言行録15,22-31

 使徒言行録15章には「エルサレムの使徒会議」と呼ばれる教会会議のことが記されています。 異邦人キリスト者が救われる条件として割礼を守る必要があるかどうかをめぐって、アンティオキア教会からの使者パウロやバルナバたちと、エルサレム原始教会のヤコブやペテロたち使徒・長老たちの間で開かれた会議です。 紀元48年春頃のことでした。 その決定は無割礼のまま信徒として受け入れる、つまり律法から自由な異邦人伝道を認めるというものでした。 エルサレム教会はこの決議を記した手紙をバルサバとシラスを選んで、アンティオキア教会の人たちに知らせるべくパウロやバルナバに同道させたのでした。

 その託した手紙が23-29節に記されています。 「使徒教令」と呼ばれるもので、著者であるルカの手によるものですが、宛先がアンティオキア教会だけでなく〈シリア州とキリキア州に住む異邦人の兄弟たち〉ともなっていますから、おそらく使徒会議以前にパウロは小アジアに教会を生み出していたのでしょう。 そこは異邦人の地ですから、キリスト者たちは律法に縛られてはいなかったのです。

 エルサレム教会のスタートは、ユダヤの地でユダヤ人社会の中でのことでしたから、律法世界の中での出来事でもあります。 使徒たちは最初ユダヤ教徒と明確な分離をしませんでした。 ですからユダヤ教側も教会をユダヤ教の一分派程度にしか見ていなかったと思われます。

 割礼はもともと衛生上また結婚の準備のために行われたものでしたが、ユダヤ人はこの儀式を宗教的に位置付け、神の選民となるための儀式として受けとめるようになりました。 いわば信仰共同体の一員となるためのしるしであったわけです。 そこでキリスト者となったユダヤ人の中には、神の恵みにより、つまりキリストの十字架の死による罪のあがないにより人は救われ、神と正しい関係に入れられることだけでは足りない、という考えが起こりました。 それが、人はキリストの福音を信じる前に、一度割礼を受けなければならないという主張です。

 異邦人の地で異邦人伝道が進むにつれ、律法など持たない異邦人との間に信仰理解のズレが生じるようになったわけです。 長年親しんだ宗教儀式は身についてしまっていますから、ついクセのように顔を出すものです。 私は高校1年の時洗礼を受けましたが、翌年の正月に仲のいい友達から誘われて大晦日の夜に出かけ、元旦の日の出を見ようということで江ノ島神社に出かけました。 江ノ島の裏側には裸弁天と呼ばれる弁財天が祀ってあります。 友達が気楽にポンポンと手を合わせて拝むので、つい私もつられてポンポンとやってしまいました。 すぐにハッと気がつきました。 クリスチャンは偶像礼拝は禁止だ、と教会の先輩たちに聞いていたからです。

 ユダヤ人たちの場合、小さい時からシナゴ―グでみっちり教育され、完全な政教一致の世界で生活し、割礼も当然のことでしたから、それは生活の一部だったとも言えます。 ということは、最初にキリスト者となったユダヤ人たちが、ユダヤ教の儀式や律法世界から抜け出すのは結構難しいことではなかったか、と思うのです。

 パウロが律法と格闘してそこを乗り越えて信仰による義を確かなものとした顛末は彼の手紙に繰り返し出てきますが、ましてや彼はファリサイ派の学者の道を歩んでいた人ですから、その悶々とした苦闘は私たちには簡単には理解できません。 

 そもそも使徒会議が開かれた発端は、エルサレム教会からアンティオキアの異邦人教会にやってきた人たちが、割礼を受けなければ救われないと、アンティオキアの兄弟だちに教えていたことでした。 異邦人にしてみれば、「イエスさまの福音を信じるのに、なんで割礼などという我々には無関係のものが必要なのか」ということになるでしょうが、一応信仰の先輩であるユダヤの人が言っていることなので、迷いも生じたのでしょう。 しかしパウロやバルナバは「そんなことはおかしい」とすぐに気づいて、激しい意見の対立と論争が起こったと2節にあります。

 それでこの件について協議するために開かれたのがエルサレムの使徒会議でした。 パウロやバルナバはエルサレムへ出向いたわけです。 現代の私たちには単純そうに見えることでも、教会がこの世に誕生した当時には、とても大きな問題で、下手をすると教会を分裂させる要因ともなりうる難問だったことが分かります。

 15章の前半には使徒会議におけるペテロの語ったことが書かれていますし、それに続いてエルサレム教会のリーダーであったヤコブの落とし所をわきまえた19,20節の一言で決着がついたことも書かれています。そこで、この難しい争論がどのように解決したかを、私たちがポイントを押さえながら確認しておくことは、教会内の様々な問題に向き会わねばならないときに、とても有益だと思うのです。

 まず第一点、パウロもペテロもヤコブも、事実を重んじています。 彼らはみなユダヤ人ですから割礼を受けていた人たちです。 けれども、今や神さまの恵み・キリストの恵みが割礼を受けていない異邦人たちに注がれているという事実を、彼らは素直に受けとめています。 そこには理屈や伝統だけに縛られず、事実を重んじた時、そこに信仰問題の正しい解決が生まれてくることを彼らは理解していました。 事実を無視し、いたずらに神学論争にこだわれば、それがたとえ信仰的に見えたとしても、やがて生き生きとした喜びもなくなってしまうことは少なくないだろうと思います。

 第二点、彼らは決して伝統を無視していません。 信仰生活に必要だとして守られてきた事柄のうち、信仰を健全にする行為はぜひとも守るべきだと自覚しています。きょうのテキストで言うならば、アンティオキアやシリア州やキリキア州の異邦人にもたらされた「使徒教令」の終わりに付け加えられている結びの一言です。 29節、『偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、みだらな行いとを避けることです』。 つまりそうしたことを避けることは、信仰生活を送る上でも実際に益となるのです。

 のみならず、新しいものは古いものを含んでいる時にこそ、本当に新しいものとなります。 もしその中に、伝統的なもの、古いものが含まれていないならば、それは決して新しいものとして働くのではなく、まったく違ったものになっていくと思います。 そういう意味で伝統はとても大切なものです。 新しくなるためには、その中に、伝統や古いものがあることによって、本当に新しいものとなっていくことを忘れてはなりません。

 アンティオキア教会がパウロやバルナバを擁していたこと、エルサレム教会がペテロやヤコブを擁していたことはまことに幸いなことでした。 私たちも教会の様々な課題に向き合う時、彼らのような落ち着いた、深い理解に基づいた信仰によって、いろいろなことに対処し、判断できたらいいな、とつくづく思います。 そうなれるように祈りましょう。 


 
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