私たちに先立って天に召された信仰の先達・家族・親しい方々を記念するために、私たちは今日、ご遺族や関係者の方々と共にここに集まっている。週報の裏に印刷されているのは、この教会の正規の召天会員とそれに準ずる方々のお名前だが、この名簿に載ってない人々のことも同じように覚えたい。
キリスト教の伝統では、毎年、教会歴が終わりに近づくこの頃に、死者を記念する礼拝が行われる。ドイツの教会では、11月15日が「国民が喪に服する日」、18日(水)が「悔い改めと祈りの日」、22日が「永遠を思う日曜日」である。私たちの教会が11月第2日曜日に「召天者記念礼拝」を行うのも、その伝統による。
死者を記念する礼拝で説教のテキストとしてよく選ばれるのが、マタイ福音書25章1-13節である。私も、今日はこの箇所に基づいて話したい。
これは、婚礼の話である。結婚の祝宴は、ユダヤでは夜開かれるのが普通であった。客は花嫁の家で接待を受けながら花婿が迎えに来るのを待つ。花婿が到着すると、灯火を明るくして歓迎する。そして、花婿と花嫁は客と一緒に行列を作って花婿の父親の家に行く。そこで本格的な祝宴が始まる。この行列や宴席を明るくするために松明と油を持って待機している若い女性が「おとめたち」である。
「ところが、花婿の来るのが遅れたので、[おとめたちは]皆眠気がさして眠り込んでしまった。真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした」(5-6節)。おとめたちは慌てて起きるが、ちゃんと予備の油を用意していた「賢いおとめ」と、その準備を怠った「愚かなおとめ」との間でちょっとしたトラブルが起こる。そういう話である。注解書によると、行列の時に使う「ともし火」は棒に巻きつけた布に油をしみこませたもので、点火してから15分ぐらいしか持たない。だから予備の油が必要なのだ。それなのに、愚かなおとめたちはそれを用意していなかった。
これは何を意味しているのだろうか?
マタイ福音書が書かれた第1世紀の終わり頃、キリスト教徒はさまざまな困難に直面していた。その中で彼らを支えていたのは、「キリストが再び来られて最後の審判を行い、救いを完成して下さる」という「再臨」の信仰であった。彼らは「主イエスよ、来てください」(マラナタ)と熱心に祈った(ヨハネ黙示録22章20節)。この信仰が「苦しみは永遠に続くわけではない」という希望を彼らに与えた。この信仰と祈りによって、彼らはあらゆる困難にも耐えることができたのである。
ところが、その「再臨」の兆候が中々現れない。そのために信徒たちは苛立ち始めた。「主が来るという約束は、一体どうなったのだ。父たちが死んでこのかた、世の中のことは、天地創造の初めから何一つ変わらないではないか」(ペトロの手紙二 3章4節)などと文句を言う者も現れた。次第に募る不信は彼らの生き方を揺るがせる。「主人は遅いと思い、仲間を殴り始め、酒飲みどもと一緒に食べたり飲んだりした」(マタイ24章48-49節)とあるように倫理的緊張は失われ、生活も乱れ始めた。「終末の遅れ」は、当時の教会にとって実に深刻な問題だったのである。
十人のおとめたちが「眠り込んだ」というのも、そのことを指している。特に、「愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった」(3節)。これは、迫りつつある終末に備える緊張感を失った人々の姿を示している。「終末の遅れ」を言い訳にして備えを怠る者は、神の厳しい裁きを受ける。「だから」とイエスは言うのである。「目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」(13節)。
「終末」という思想は、現代の私たちには古臭いと感じられるかもしれない。だが、一概にそうも言えない。1970年代に「核兵器の脅威」や「地球環境の危機」が強く意識されるようになった頃、日本でも「終末論」が論壇を風靡したことがある。キリスト教とは余り関係のない出版社が先を争って神学者に執筆を依頼し、「終末論」に関する本が何冊も出てよく読まれた。多くの人が「我々の世界はいつ終末を迎えてもおかしくはない状況にある」ということに改めて気づいたからだろう。
同じことは「再臨」や「最後の審判」についても言える。これは「終末」以上に神話的な言葉だが、「我々のやっていることにはいつかは歴史の審判が下される」と言い換えれば、現代人にも分かり易いかもしれない。
終末は「遅れて」いるわけでも、「来ない」わけでもなく、確実に近づいているのだ。ただ、イエスが「あなたがたは、その日、その時を知らない」と言われたように、それがいつ来るかは私たちには分からない。「核兵器の脅威」や「地球環境の危機」、さらには「新型疫病の蔓延」などは、終末を予感させるが、それが「何年の何月何日に来るか」ということは誰にも分からない。だから、「目を覚ましていなさい」とイエスは言うのである。
同じことは「死」についても言えるであろう。中世の修道院では、修道士たちに「メメント・モーリ」(死を覚えよ)と教えられていた。自分がいつか必ず死ぬ存在であるということを覚えよ。このことから目をそらせて、命がいつまでも続くかのように考えると、日々の生活から緊張感と真剣さが失われる。先に死んだ人たちが身を以って私たちに教えてくれたことはそれだったのではないか。
最後に言いたい。聖書において「終末」は単なる「滅び」ではない。それは恵み深い神の御計らいによって起こるからである。同じように、「死」も単なる「滅び」ではない。私たちが死者を思い起こすとき不思議な慰めと安らぎを感じるのは、死者たちが慈しみ深い神の胸に抱かれて永遠の憩いについたと信じるからである。