さっき読んで下さったところは、イエス様の弟子の一人だったパウロが、フィリピ(ギリシャの町の名)の教会に宛てて書いた手紙の一部です。
この手紙を書いたとき、パウロは別の町で牢屋に入れられていました。それは、7節や13節に「監禁されている」と書いていることからも分かります。もちろん、パウロは「泥棒」とか「人殺し」とか、そういう悪い事をしたわけではありません。イエス様のことを知って欲しいと思って、人々に向かって語りかけただけです。でも、パウロのことを余りよく思わなかった人々には、それが気に入らなかった。
イエス様もそうだったでしょう? 何も悪いことをしたわけではない。ただ人を愛し、お互いに愛し合って生きるように教えただけなのに、まるで犯罪人のように捕らえられ、さんざん悪口を言われ、裁判にかけられ、死刑の判決を受けて、十字架の上で殺されたのでした。
先日、新聞やテレビに、無実の罪で刑務所に入れられていた人の話が大きく出ていました。この人は小さな子供を殺したという疑いで捕まり、裁判所が「有罪」の判決を下したために、17年間も(!)牢屋の中にいたのです。どんなに辛く、また口惜しかったことでしょう。私たちの世界では、こういうことが時々起こります。
私は牢屋に入ったことがないので、中の様子はよく分かりません。でも、本を読んだり映画を見たりして想像すると、すごく大変らしい。
今から70年ほど前、ドイツにヒトラーという独裁者がいました。世界中を敵に回す戦争を始めただけでなく、ユダヤ人を皆殺しにしようとしました。そういう酷いことを止めさせるために努力した気高い人々がいます。ボンヘッファーという牧師もその一人でした。彼は、見つからないように気をつけていたのですが、とうとう秘密警察に捕まって牢屋に入れられました。「国の決めたことに反対するとはけしからん!」という理由です。そして、2年ほど経ってから死刑になりました。
この人が牢屋の中から友達に宛てて書いた手紙が残っています。それによると、刑務所の中はこんな風でした。―― 囚人を罵る番人たちの口汚い言葉が朝から晩までそこら中でワンワン響いている。食事の時は、パンのかけらがまるで犬にでもやるように投げ込まれる。毛布はドロドロに汚れていていやな臭いがする。それで体を覆う気には全くなれないから、夜はよく眠れない。その上、真夜中になると隣の部屋の囚人が子どもみたいに泣き始めて、その泣き声が延々と聞こえる。
パウロの頃は、これと同じではなかったかもしれません。しかし、いつの時代でも牢屋は牢屋です。そこは、イヤな所です。誇りもひどく傷つけられる。
しかし、皆さんに覚えておいてもらいたい事があります。パウロは牢屋の中で自分の不幸を嘆いたり世の中を呪ったりはしなかった、ということです。ほかに、もっと大切な仕事があったからです。それは、外の人たち、つまりイエス様によって結ばれた人々のことを思い起こすこと、そして、その人たちのために祈ることでした。「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています」(3-4節)。
若い頃、尊敬する人がいました。その人は胸の病気で、寝たきりの生活でしたが、ある時、「毎日、とても忙しい」と言ったことがあります。驚いて聞き直すと、たくさんの友達や家族の名前を書いた小さなノートを見せてくれました。毎日それを開いて、一人ひとりのことを思いながら祈る、それが今の自分の仕事だ、と言うのです。
パウロも同じでした。そして、そのように祈ることは彼にとっては喜びだった。しかも、確信をもって祈ったのです。神様は聞いて下さるかどうか怪しいけれども、「まあ、ダメで元々だから」(ダメモト)、一応、お願いだけはしておこうか、などというのではありません。神様は必ず聞いて下さると確信して祈ったのです。「祈る」ということは、そういうことです。「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げて下さると、わたしは確信しています」(6節)と書いている通りです。
では、パウロはその時、何を祈ったのか? あなたがたが「知る力と見抜く力を身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」(9節)、と祈ったのです。
「知る力」というのは、学校で習うような知識のことではありません。それも大切ですが、もっと大切なのは、人の心を知ることです。人の苦しみが分かることです。自分がこういうことを言えば、相手はとても傷つくかもしれない。そういうことを敏感に察して相手を思いやる力です。愛の力です。それが人間にとってなくてはならない知恵なのです。
私も、ここで、皆さんのために祈ります。あなたがたが、知る力と見抜く力とを身につけて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられますように。アーメン。