2009.5.10

音声を聞く(MP3, 32kbps)

「私のもとに来なさい」

廣石 望

箴言8,22-36;マタイ福音書11,25-30

I

 「だれでも私のもとに来なさい」とキリストは私たちを招きます。人は何を求めて教会に来るのでしょうか。その動機はいろいろです。生きて甲斐ある人生にいたる知恵を求めて、社会の中で体験した冷たさへの慰めを求めて、自分が犯してしまった過ちに対する赦しと再出発を求めて。あるいは人の優しい心にふれたくて、人間として成長したくて、よりよき世界のあり方を知りたくて。そしてもっとシンプルに神を求めて。そのように多様な気持ちを抱えた私たちに向かって、キリストは「だれでも私のもとに来なさい」と招きます。そしてこの招きが教会の土台です。

 

II

 今日のテキストは、少し注意してみると分かるように、いろいろなイエスの言葉、少なくとも三つの言葉の寄せ集めです。

 最初の言葉でイエスは、「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます」と一人称で、神に向かって「あなた」と呼びかけて神を讃えます(25-26節)。第二の言葉は「すべてのことは、父から私に任せられています」と、イエスの一人称はそのままですが、神については三人称で語られます。それが「父のほかに子を知る者はなく・・・」にいたると、イエスについても「子」という三人称になり、いったいだれがだれに向かって発言しているのかよく分かりません。まるでヨハネ福音書を思い起こさせる発言です。そして第三の言葉で、イエスはふたたび一人称で語りますが、今度は二人称複数で呼びかけられる者たちがいます。「だれでも私のもとに来なさい。あなたたちを休ませてあげよう」という具合に(28-30節――新共同訳は「あなたたちを」を訳出しません)。

 それでも全体は、ひとつのまとまりを形成しています。つまり「幼子のような者」に自らを啓示した神を讃えるイエスにこそ(25節)、すべてのことが委ねられているがゆえに(27節)、彼は「私のもとに来なさい」(28節)と呼びかけることができるのでしょう。そのさい、イエスと神の関係を「父」と「子」の密接な関係とする発言からも分かるように、ここで福音書を通して「あなたがた」と私たちに呼びかけるイエスは、復活者キリストです。

 以下、いくつかの特徴をとりあげます。

 

III

 イエスは神に向かって、あなたは「これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました」と述べて、「父」なる神を讃えます(26節)。

 この発言では、〈知者・賢者〉と〈幼子のような者〉(原文はすばり「幼子」)が対比されています。知識は、財産や地位と並んで、古代社会でパワーエリートの属性でした。他方「幼子」という表現の原義は「口の聞けない者」で(フランス語のinfantに似ています)、一人前でない「無学者」「無教養」という意味の差別表現です。無垢で純粋な子どもというより、特権階級に属さない、権力から排除された者たちというニュアンスです。

 パウロの「十字架の言葉」が思い起こされます――「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。それは、こう書いてあるからです。〈わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを意味のないものにする〉。知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか」(コリント一 1,18-20)。

 

IV

デンマークの彫刻家ベルテル・トルヴァルセンBertel Thorvaldsen(1770-1844年)の作品に、コペンハーゲンの聖母教会に安置されたキリスト像があります。
www.flickr.com/photos/ishida/438001196/

 かなり大きな白亜のキリスト立像です。キリストは少し前かがみになり、斜め下に両手を広げて、それこそ謙虚な姿で私たちを招いています。台座には金文字で「私の元に来なさい(マタイ11,28)Kommer Til Mig (Matth XI,28)」とデンマーク語で書かれています。よく見ると、広げられた両の手のひらには釘の傷跡があります。私たちを招くのは傷つけられ、そして復活したキリストです。

 このことから分かるのは、私たちを招くキリストは、たんにこの世での成功や現世利益を約束する存在でないことです。彼はむしろ、自ら苦しみと痛みを知る復活者です。手のひらの傷跡を描きこんだのは、ドルヴァルセンの芸術家としての優れた解釈であると思います。

 

V

さらにイエスは言います、「私の軛を負い、私に学びなさい」(29節)――農耕具ないし生活用具としての「軛」はすでに私たちの実生活からは消えてしまいましたが、この言葉は、あいかわらず「人生の重荷」を連想させます。私が悪いわけでもないのに、なぜか降りかかる苦しみと責任。これから解放されることができれば、どんなにかよいのにと思う負担です。

しかしイエスが「疲れた者」「重荷を負う者」に約束するのは、重荷をなくしてあげることではありません。「私の軛を負え」と言うのですから。そしてその上で、そのことを通してイエスは「休み」や「安らぎ」を与えると言います。なぜそんなことが言えるのでしょうか。

その理由らしき発言の最初のものに、「私は柔和で謙遜な者だから」(29節)があります。「柔和」も「謙遜」も徳目のように見えるかも知れませんが、原義はそうした〈上から目線〉とは異なります。「柔和な」と訳されたギリシア語「プラーユス」、その背後にあるヘブライ語「アーナヴ」はともに「低い」が原義です。日本語の「やさし」も元来は、やせるほど辛い目にあわされてきたので、他人の気持ちを思いやることができるという意味だそうです。同様に「謙遜な」と訳されているのは、「心において低く/卑しくされた」、つまり心がぺしゃんこにされたという意味です。本田哲郎神父は「わたしは、抑圧にめげないで、心底身分の低い者」と訳しておられます。「やさしい」を「抑圧にめげない」と意訳したのは、彼の翻訳者としての力量をよく表しています。

二番目の根拠として、イエスは「私の軛は負いやすく、私の荷は軽い」(30節)と言います。「軛」とは律法学者たちが、自分たちの律法研究を指して用いた言葉です。「律法の軛を我が身に負う」といいます。その目的は神の前で義しい者と認められるためです。これに対してイエスは、「そうすれば、あなたがたはあなたがたの魂に安らぎを得られる」(29節――新共同訳は「あなたがたの魂に」をなぜか訳出しません)。権力にアクセス可能な知識人は、神と人々からの認知と名誉を求める一方で、無教養・無学な者はキリストから「魂の安らぎ」を受けとるという対比があるようです。

さらに注意してみると、荷が軽くなるのは、軛が「負いやすい」からであるようです。「負いやすい軛」とは何でしょうか。「負いやすい」の原義は「使いやすい/快適な/柔らかな」です。いったい「柔らかな軛」とは何でしょうか。もしかしたら参考になるのは、花婿が愛する花嫁のために、彼女が日々の家事労働で使用する軛(というか背負い棒)を、彼女のからだに合わせて木を削って作りプレゼントするという習慣です。イエスの軛とは、私が自分の荷を負いやすくなるよう、私に合わせてデザインされ制作された道具。それは私たちが人生の重荷を楽に担えるよう、魂の安らぎが得られるようキリストから与えられたプレゼントです。

すでにアウグスティヌスがこう言っています。「私たちに課せられたものの中で何が過酷であろうとも、愛はそれを軽くする」(Augustinus, Sermo 96,1=PL 38,584)。つまりキリストの軛とは、私たちに注がれる彼の愛です。

 

VI

 「私に学びなさい」(29節)とイエスは言います。最初に〈人は何を求めて教会に来るのか〉と問いました。イエスから学ぶとは、私たちにとって何を意味するでしょうか。それは独りよがりの成功の秘訣を知ることや、自分だけの慰めと満足を得ること、さらには努力による実績をつみあげることではありえません。むしろ、私自身が何者であるのかについての自覚や気づきに深く関係します。傍目には私の人生は何も変わらないかもしれない。それでも内面には大きな変化を経験する――キリスト教会はそれを「信仰」と呼んできました。

 文化人類学者グレゴリー・レックGregory G. Reckという人が『トラロクの影のもとに――メキシコの村の人生In the Shadow of Tlaloc』(島田裕己訳、野草社、1981年)という小説を書いています。人類学者という職業は、それこそ「知者」として、いわゆる「無教養」な人々の生活の中に入り込んで調査をしますので、人はどうやって本当の他者理解にいたるのか、という課題にいつも直面させられています。

著者レックは、ある盲目の老人との出会いについて語ります。このおじいさんは、聖母マリアをまつる村の小さな礼拝堂に通じる石段の下に、いつも座っていました。ある日、レックは彼といっしょに礼拝堂に入り、ベンチに座ります。「お前に何が見えるか」と問う老人に答えて、彼は祭壇その他、礼拝堂の内装について一通り、親切に説明してやりました。やがて二人は礼拝堂を出て、再び石段の下に座ります。そのとき老人はこう言ったのでした。「お前さんの説明してくれたもんは、内っかわから沸いてきたもんじゃなくて、ただ外にあるもんばかりだったんじゃないのかね。ここにあるもんは、見えなかったかね」。「ここにあるもん」というときおじいさんは、自分の胸のあたりを指で指したそうです。

人類学者はやがて調査を終えてワシントンの大学に帰りました。しかし老人との約束を思い出して、ふと国立無原罪懐胎聖堂に出かけます。そして彼のためにロウソクをあげるのです。聖堂の静けさの中で、老人との対話を思い出します。「村の人々の生活における希望や悲しみや喜びや矛盾を思った時に感じる感情の高まりに包まれて、私は息のつまる思いだった」――この瞬間に彼の心の中で何か大切なことが起こったことが、私たちにも分かります。

 「村の人々の生活における希望や悲しみや喜びや矛盾」――「ここにあるもん」。キリストの言う「私の軛」とは、このことではないでしょうか。つまり私の胸のうちにあるものが、キリストの愛によって担われていること、メキシコの村の無学なおじいさんがその信仰によって生かされていることに、そしてこの真実が自分にとっても無関係なものでないことに、彼は気づいたのではないでしょうか。それは私たちが心の中で、自らの経験を通して感じとり納得するほかないものでもあります。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。私は痛みを知る者、低みに立つ者だから。私の軛は柔らかで、私の荷は軽い」。

礼拝説教集の一覧
ホームページにもどる