今日は待降節第二主日である。この日の説教テキストとして「終末」を預言したルカ福音書21章が選ばれているのは何故だろうか? イエスがこの世界に生まれて来たのは、「終末の時に悪の支配は必ず倒され、神の真実な支配が新しく始まる」という真理を明らかにするためである、と信じているからであろう。27節の「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る」という言葉も、そのことを意味している。
ところで、27節はダニエル書7章13節、「見よ、『人の子』のような者が天の雲に乗り、『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた」の引用である。そこで、先ずそのダニエル書7章に目を留めたい。
ダニエルは、1章4節によると「知識と理解力に富む」ユダヤの若者で、バビロン王ネブカドネツアルの側近として仕えていた人物であった。ある夜、彼は幻を見た。海から四頭の大きな獣が上って来る幻である。最初に鷲の翼を持つ獅子、次に三本の肋骨を口にくわえた熊、三番目に四つの翼と四つの頭を持つ豹が現れた。最後に見えたのが、名前は不明だが、頭に十本の角が生えている「ものすごく、恐ろしく、非常に強く、巨大な鉄の歯を持つ」(7章7節)獣であった。
そこへ、「日の老いたる者」(9節)が現れて王座につく。「尊大なことを語り続け」ていた第四の獣は殺され、他の獣たちも権力を失う。そして、「見よ、『人の子』のような者が天の雲に乗り、『日の老いたる者』の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた。諸国、所属、諸言語の民は皆、彼に仕え、彼の支配はとこしえに続き、その統治は滅びることがない」(13-14節)と告げられる。
一体、この幻は何を意味するのか? ダニエルには、その謎めいた言葉の意味が分からない。そのために大いに悩み、天使に助けを求めたところ、天使は「それを説明し、解釈してくれた」(16節)。すなわち、「これら四頭の大きな獣は、地上に起ころうとする四人の王である。しかし、いと高き者の聖者らが王権を受け、王国をとこしえに治めるであろう」(17-18節)というのである。つまり、この幻は、当時のパレスチナ地方の政治的な状況を暗示している。「四頭の大きな獣」は四人の暴虐な王であり、「日の老いたる者」は、終末の時に彼らを裁く永遠なる神であり、そして、「人の子」は神から遣わされる救い主を意味している。
紀元前170年頃のパレスチナは、シリヤのアンティオコス・エピファネス四世の暴虐な支配下にあった。この王は、「悪の元凶」(マカバイ記一1章10節)と評された男で、ユダヤ教徒を激しく迫害した。そのためにユダヤ人は、「世界の将来はどうなるのか?」と不安に怯えていた。この情況の中でダニエルは、「悪が支配する古い時代は終末を迎え、真実が支配する新しい時代が始まる!」という幻を見たのである。
これが「黙示文学」というものであって、ダニエル書はその典型である。「黙示」(アポカリュプシス)とは、「覆い隠されているものの蓋を取り去る」という意味だ。つまり、隠されている「歴史の意味」、あるいは「世界の将来」が啓示されるのである。
先ほど私は、「終末の時に、悪の支配は必ず倒され、神の真実な支配が新しく始まる」と述べた。イエスがこの世に生まれたのは、このことを約束するためである。だから、『マリアの賛歌』にも「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を撃ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」(ルカ1章51-53節)と歌われているのである。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1章15節)という彼の宣教第一声の意味も、ここにある。
むろん、イエスがこの世に生まれたからといって、直ぐに神の支配が完全な形で実現したというわけではないし、悪が完全になくなったわけでもない。むしろ、悪はイエスを十字架にかけて抹殺した。このように、悪の支配はまだ強力である。しかし、彼が身をもって示した「愛」は人々の心に深く残った。それは、復活された主イエスと共に今も生き続けている。
そして、いつか「終末」が来る。歴史は同じことの繰り返しではない。歴史には終わりがある。悪は現在どんなに強大であっても必ず神に裁かれて終末を迎え、神の義が最終的に勝利し、神の真実な支配が完成する。「神の国」の新しい時が始まる。
その終末の先触れとして来られたのが、イエスなのである。ルカ21章の、「人の子(=キリスト)が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ」(27-28節)とか、「これらのことが起こるのを見たら、神の国が近づいていると悟りなさい」(31節)という言葉は、そのことを告げている。
歴史上、悪の支配という現実は繰り返し存在した。ダニエルが幻に見た「四頭の大きな獣」はその象徴である。しかし、それらは例外なく倒れた。一つとして永続したものはない。ヒトラーの恐ろしい支配も12年で滅びたし、日本の軍国主義政権も泥沼のような戦争の末に倒れた。旧ソ連のスターリンによる恐怖政治も、それを真似た東ドイツの独裁体制も、カンボジヤの非人道的なポル・ポト政権も崩壊した。
「このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ」(28節)という勧告、また、「天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない」(33節)という約束は、正に現代の我々に通用するのである。