北と南に2つの国がありました。国と国の間には、高い山が続いていました。 山には道もなく、誰もとなりの国に行く人はありませんでした。北の国と南の国では、ことばも、顔の色も違っていました。食べ物や家の形も違っていました。
北の国の人たちは、おじいさんのそのおじいさんのおじいさんの昔から言っていました。 「南の国には、わにのように恐ろしい人間が住んでいる」
南の国の人たちは、おじいさんのそのおじいさんのおじいさんの昔から言っていました。 「北の国には、くまのように恐ろしい人間が住んでいる」
どちらの人も一度も仲良しになった事がなかったので、そう信じていたのです。 北の国の人も、南の国の人も、隣の国を滅ぼさなければ、自分達が危ない、と考えました。
ある日、北の国の隊長が、山の中腹から南の国を望遠鏡で、偵察していました。
「やや、大きな筒状の物があるぞ?専門家を呼んで見てもらおう!」
武器商人がやってきて望遠鏡をのぞきました。
「あ、あれは、最新型の大砲です。わが国が持っている大砲よりもずっと性能がよく遠くまで弾を飛ばす事ができます。わが国も新しい大砲を準備しないとやられてしまいますよ」隊長は、少し困って言いました。
「う〜む、予算がなあ、学校を建てる予定だったので、金がないのだよ」
武器商人があきれ顔で言いました。
「命を守るのがまず先でしょう。死んでしまったら学校も役にたちません。あの型の大砲でしたら、お安くできます。」
隊長は、深刻な顔でいいました。
「そうだな、今は非常時だ!みんな我慢して敵に備えねばならないな。学校は後回しだ!大砲を買うぞ!」
ある日、南の国の隊長が、山の中腹から北の国を望遠鏡で、偵察していました。
「やや、細長い筒状の物があるぞ?専門家を呼んで見てもらおう!」
武器商人がやってきて望遠鏡をのぞきました。
「あ、あれは、最新型の鉄砲です。わが国が持っている鉄砲よりもずっと性能がよく続けざまに何発も弾を撃てます。わが国も新しい鉄砲を準備しないとやられてしまいますよ」隊長は、少し困って言いました。
「う〜む、予算がなあ、病院を建てる予定だったので、金がないのだよ」
武器商人があきれ顔で言いました。
「命を守るのがまず先でしょう。敵に滅ぼされてしまったら病院も役にたちません。あの型の鉄砲でしたら、お安くできます。」
隊長は、深刻な顔でいいました。
「そうだな、今は非常時だ!みんな我慢して敵に備えねばならないな。病院は後回しだ!鉄砲を買うぞ!」
こうして北の国も南の国も戦争の準備を着々と進めました。
軍隊はいつも、相手に銃口を向け、にらみあっていました。
ある時、物音に驚いて若い兵士が鉄砲の引きがねを引いてしまった事で とうとう戦争が始まってしまいました。
北の国も、南の国も沢山の兵隊を山に送りました。山のあちこちで戦いが繰り返されました。その度に沢山の兵隊が傷ついて死んでいきました。
冬がきて、山は深い雪に塹壕を掘って向かい合いました。ちょっとでも顔を出すと弾がとんできました。兵隊たちは寒さに震えながら塹壕の中で、長い冬を過ごしていました。
ある日、退屈した北の国の兵隊が塹壕の粘土をかためて土の笛を作りました。その若い兵隊は羊飼いでした。土の笛は羊飼いの角笛のような音がしました。それを聞いた兵隊達は、春になると牧場から聞こえてくる角笛を思い出して故郷をなつかしがりました。
土笛の音は南の国の兵隊が隠れている塹壕にもかすかに聞こえました。
南の国の牛飼いの兵隊が言いました。「あ、誰かが笛を吹いている」
牛飼いの兵隊は暖かい川べりで、牛を追いながらいつも吹いていた葦笛の音を思い出しました。牛飼いの兵隊も塹壕の土で笛をつくりました。葦笛とそっくりなやさしい音がしました。
笛を聞きながら、北の国の兵隊も南の国の兵隊も「早く春が来るといいなあ」と思いました。でも誰も口には出しません。春になって雪がとけるとまた激しい戦いが始まる事も分かっていたからです。
やがて春がやってきました。山の雪は溶け始めました。
北の隊長も南の隊長も「冬の間に、敵はどのように陣地を変えているか分からない」と考え、こっそり兵隊を出して敵の様子をさぐらせようと思いました。
兵隊の中で1番働かされるのはいつでもどこでもくらいの低い若い兵隊です。
北の国では、羊飼いが、南の国では牛飼いが選ばれていました。二人の兵隊はそっと塹壕を出ると雪の中をあちこち敵の様子をさぐり歩きました。そしてふたりはばったり出くわしてしまいました。二人はあわててかくれました。
相手の様子をうかがいました。いつまでたっても相手が動く様子がありません。
北の国の兵隊はふとポケットにある土笛を思い出し、ちょっと吹いてみました。「ふ〜」
「あれ、笛がなったぞ」南の国の兵隊はもう一度笛がなるのを待ちました.しかしいくら待ってもなりません。自分も笛を持っている事に気付いてそっと吹いてみました。「ふー」
いっそう驚いたのは、北の国の兵隊でした。二人はいくども笛で呼び合いました。もう隠れる事も忘れてしまいました。羊飼いの笛はやや低い音色で、牛飼いの笛はやや高い音色でなりました。低い音と高い音はよくとけあって、美しく響きあいました。
羊飼いの兵隊が言いました。「なあんだ、ワニみたいじゃなく、普通の人間だったんだ〜」
牛飼いの兵隊が言いました。「なあんだ、くまみたいじゃなく、普通の人間だったんだ〜」
長い戦いが終わったのはそれからまもなくのことでした。
北の国と南の国は山の頂上で仲直りをする事になりました。よく晴れた日でした。
北の国の人達は羊飼いを先頭に。南の国の人達は牛飼いを先頭に笛を吹き鳴らしながら山をのぼりました。手には武器に代えて、美味しい食べ物飲み物を持っています。
ふたつの笛の音はだんだん近づき、やがて頂上で一つになりました。
山の上の青い空にはたくさんの鳥が飛んでいました。それは2つの国が仲の悪かった大昔から、毎年春になるとこの山を越えていた渡り鳥の群でした。