2021.02.07

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「イエスが手を取って起こせば」

中村吉基

イザヤ書40:21〜31マルコによる福音書 1:29〜39

 五木寛之さんの『天命』という作品に、ある「少女」の話が出てきます。その少女は癌で抗がん剤の副作用のために、昼は何度も激しい嘔吐を繰り返していたそうです。その少女が毎日夜になると窓から見える東京タワーを見ながら、しくしく泣くのです。同室の患者がなぜ泣くのかを彼女に尋ねたそうです。そうすると「死は恐いんですが、それよりももっと納得できないことがあるのです」と言ったそうです。

 彼女は続けて「どうして自分だけが、こんなきれいな夜景の中で、苦しまなければならないのか、その理由がわからないことが苦しく、悲しいのです。私と同じ若い人たちは、きっと今ごろ、デートをしたり、コンサートに行ったり、本を読んだりしているのでしょう。なのに、なぜ自分だけが抗癌治療のために髪も抜けて、吐き気に襲われながら、窓の外の東京タワーを見ていなければならないのでしょうか。私だけがそう罰せられる理由があるでしょうか。私は、自分だけが罰せられるようなことをしたとは思いません。その理由のわからないことが、あまりにも苦しくて、悲しくて、涙が出てしかたがないのです」。

 この少女の質問にどう答えたらよいのでしょうか。彼女が自分の死を納得できる明確な理由はどんな言葉でしょうか。そして皆さんであればどんな言葉をかけてあげるでしょうか。

 「病気の痛みを軽くしてあげましょう」
 「その痛みを感じていることこそがあなたの幸せなのだ」

 と言えるでしょうか。

 果たして今まさに苦しんでいるこの少女の心に、この言葉は届くのでしょうか。

 今日の箇所は主イエスが苦しんでいる人々に対してどのように接したのかが記されています。イエスは多くの病気に苦しむ人をいやし、悪霊に取りつかれている人を解放しました。そしてイエスは生涯を通じて貧しい人びと、差別された人びと、病気の人びとの「友」となります。この聖書の箇所を読むとイエスは専ら病人や悪霊に取りつかれた人びとの「いやし」に重きを置いていたようにマルコ福音書は伝えています。悪霊を追放して、病気をいやすことが「神の国」を宣べ伝えることに直結したのであれば、これは「ご利益宗教」と変わりありません。そうではなく私たちはイエス・キリストの時代の主の生きた土地の、病人や悪霊に取りつかれた人たちの置かれていた背景に目を向けなければならないでしょう。

 たとえば今日の箇所には直接な言葉として出てきませんが「重い皮膚病」の人びとの場合はこうでした。以前には聖書の中で「重い皮膚病」は「らい」(らい病)と翻訳されていましたが、1996年の「らい予防法」廃止をきっかけに『聖書 新共同訳』で「重い皮膚病」と表記されることになりました。差別的な意味を含む「らい」(らい病)という言葉を避けるためであり、また、聖書の中のこの病気が現代における「ハンセン病」と同じだとは言えないからです。しかし、「重い皮膚病」と言ってしまうとあまりに漠然としていて、古代から続くハンセン病の患者たちの大きな苦しみを感じることができなくなってしまうかもしれません。

 聖書の世界で「重い皮膚病」の人々が負わされていた苦しみはレビ記の規定を読むと分かります。

重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、「わたしは汚(けが)れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない」(レビ13:45〜46)。

 「伝染病」という考えはなくても、「穢(けが)れがうつる」という考えはありました。「穢れている」とは「聖なる神さま」と正反対の位置にいて神さまからもっとも遠い人間だということです。また、この病は「神に撃たれたもの」とも考えられました。「宿営の外」は共同体から追放されることを意味しています。神さまとの関係も人間社会との関係も完全に絶たれてしまうのです。肉体的な苦しみだけでない、大きな苦しみがその人を襲っていたことになります。

 このような苦しみを理解せずに、今日の聖書の箇所を理解することはできません。マルコによる福音書を記した人びとはこのように人間社会から排除されていた人びとが再び活き活きと生活を取り戻し、いのちを、また生きる力を回復させていったことこそが主イエスの宣教であったと捉えていたのです。

 今、もし主イエスが病室でたった一人、夜の東京タワーを見つめている少女のもとに来られたならば、この少女にどのような言葉をかけられるのでしょうか。「わたしはあなたを救うために来た」というまなざしで少女の手を取って起こすのではないかと今日の31節の言葉を重ねながら私は確信します。

イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。

 ここにある「もてなした」という言葉は見逃してはならない言葉です。「もてなす」は「ディアコネオー」という言葉です。「仕える、奉仕する」と訳されることが多い言葉です。この言葉はマルコによる福音書の中で、イエス自身の生き方を表す言葉として、また弟子たちの生き方を指し示す言葉として大切です。

 たとえばマルコ10:43-45にこうあります。

「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」

 主イエスのことをもてなし(仕える)たシモンのしゅうとめは、イエスの弟子になっていった、とも読めますし、イエスと同じように「愛と奉仕に生きる者」になっていった、とも言えるのです。ただ単に病気が治ったということが問題なのではなく、主イエスのわざを通して、一人の人の生き方が変わるという事実が大切なのではないでしょうか。

 私は今日の聖書の箇所を何度も読んだ時に使徒言行録の中でペトロが言っていた言葉を思い出しました。

ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(使徒言行録3:6

 私たちは主イエスに結ばれています。人びとを救うために来られたイエス・キリストが私たち一人ひとりの中に生きているのです。ですから私たちがいやしを必要としている人、助けを求めている人、悲しみ、呻いている人、悩みの中にある人、絶望のふちにいる人に、主イエスがなさったように、「そばに行って、手を取って起こして」…私たち一人ひとりを通して主イエスが働かれるのです。

 主イエスの時代、病気を自分の宿命として、差別されることや生きることを諦めていた病人が、自分たちは治ることができるし、生きる場所も回復されるのだと「主イエスを通して」信じることができました。主イエスの「あなたは治った」という宣言が、病人のうちに希望を持つことを呼び覚ましました。

 私たちも自分たちの宿命だと決め付けて、あきらめていないでしょうか。「自分が何やっても状況は変わるわけがない」「こんなことを努力しても無理だ」「どうせ自分は馬鹿な人間だ」という自問自答をしていないでしょうか。もちろん、主イエスが十字架への受難の道を受け入れたように、人間には受け入れなければならないこともあります。しかし、あきらめてはいけないこともあるはずです。主イエスの宣言は、神さまはすべての人の親であり、どんな人をも決して見捨てることなく、ご自身の子どもとして愛してくださる、ということでした。主イエスの姿勢は現代のさまざまな「あきらめ」に抵抗しているのではないでしょうか。

 主イエスが教えてくださった神の国とは、難しい教えを説き明かすようなものではありませんでした。その人に神の「救い」をダイレクトに告げるものでした。主イエスがなさった「そばに行って、優しく手を取って起こして」救いを伝えることは、この主イエスを信じる私たちにも、私たちの心と体、存在全体を通して、主が働いてくださるのです。38節で主はこのように私たちを招いておられます。

イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」。

 私たちの内側に主がおられます。私たちはひとりではありません。主イエスと共に私たちの「周辺」に出かけましょう。私たちを通して神が働いてくださいます。


 
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